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2-1:午前8時の逢瀬 (1)

朝の神崎さんは、たまらなくかわいい。 「いらっしゃいませー」 間延びしたメロディーと一緒に、秋の朝の澄んだ空気が流れ込んでくる。 振り返ると、濃いグレーのスーツに身を包んだ細身の男が入ってくるところだった。 手には鞄……と、ぐしゃぐしゃのまま握られた薄紫色のネクタイ。 その人は扉を半分くらい押し開けたところで、カニのような横歩きで中に入ってきた。 そのままふらふらおぼつかない足取りでこっちに向かってくる。 「……おはよう」 「おはようございます、神崎さん」 「……コーヒーでかいの、ひとつ」 「アイスでいいですか?」 「……ん」 トロンと半開きの瞳で頷く神崎さんを今すぐカウンターを飛び越えて抱きしめたくなる衝動を抑えて、Lサイズのアイスコーヒーのカップをマシンにセットする。 ボタンを押すとすぐにコーヒーの良い香りが漂ってきた。

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