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2-1:午前8時の逢瀬 (2)

あの日以来、神崎さんは毎朝出勤前にコンビニに立ち寄るようになった。 「ポイントカードはお持ちですか?」 「……ああ、はい」 さらに、ポイントカードを忘れなくなった。 「ありがとうございます」 そして。 「……佐藤くん、今日は仕事何時まで?」 「6時までです」 「……ふぅん」 「なに食べたいですか」 「……牛肉的な何か」 「昨日も一昨日も肉でしたよ」 神崎さんがカウンターに小銭を一枚ずつ並べながら小さな声で、そうだったっけ、と呟く。 神崎さんは肉が大好きだ。 食べたいものを聞いた時の答えはほぼ100%肉で、ほんの時々、寿司が混じる。 さすがに寿司は握れないからと煮魚にしたら舌鼓を打ってくれたけれど、次の日にはまた肉と即答された。 俺も肉は好きだけれど、たまには魚も食べたいなんて思ってしまうのは、日本人の性かもしれない。 「……じゃあ鶏肉的な」 「わかりました。魚ですね」 「……じゃあ魚」 「大丈夫ですか?」 「……なにが?」 「肉に対する諦めがいつもより早くて気持ち悪いです」 「あー……佐藤くんが作ってくれるならなんでも嬉しい」 「眠いから適当に答えてるだけでしょう」 「……そうとも言う」 神崎さんははにかんだように微笑んで、ようやくポケットから小銭を出す手を止めた。 10円玉がずらっと一列に並べられている。 左から順番に数えると、ちょうど18枚あった。 神崎さんは、コーヒーを買う時は必ず小銭で払う。 まるで、貯金箱に貯めたおこづかいを握りしめて駄菓子を買う子供のようだ。 「180円ちょうどお預かりします。こちらアイスコーヒーです」 「ありがと……ふあぁ」 神崎さんが欠伸を噛み締めながら、コーヒーを受け取る。 その場でひと口啜ると一度鞄とネクタイを持ち直してから、俺に背を向けた。 「神崎さん!」 「……ん?」 「お仕事、がんばってください」 振り返った神崎さんは、パチパチ瞬きしてからゆっくりと表情を崩した。 「ありがとう。また後で」 ああ、やっぱりーー好きだ。

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