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2-1:午前8時の逢瀬 (3)
「……ねえ」
「わあっ!」
唐突に背中を叩かれて素っ頓狂な声を上げてしまった。
せっかく拾い集めた10円玉が、またカウンターに散らばる。
全身を小刻みに揺らすくらい激しく動く心臓をなんとか鎮めながら振り返ると、目を丸くした宮下さんが立っていた。
「宮下さんか……びっくりした……」
「ごめん、そんなに驚くとは思わなくて」
「……いいですけど」
神崎さんの笑顔に気を取られていた俺も悪いけれど、宮下さんのこの無駄に気配を消して人に近づく癖、なんとかならないだろうか。
俺以外にも被害者が続出していることを考えると、きっと前世は忍者に違いない。
だとしたら人一倍小柄な宮下さんは、かなり優秀な忍だったと思う。
宮下さんは、このコンビニのオープンニングスタッフだったらしい。
俺が入った頃にはすでにベテランで、教育係としていろいろ教えてくれた。
マルチタスクという言葉はこの人のためにあるんじゃないかと思うくらい頭の回転が早くて、最初は指示についていくのが精一杯だった。
それでもなんとか俺が独り立ちすると、今度は一緒に戦場に挑む相棒になった。
自称年齢不詳で、たまに休憩室で盛り上がる話題がかぶるから同じ30代のはず……と店長に突っ込まれているけれど、今でも絶対に年齢は明かさない。
30代だと言われればそうも見えるし、まだ10代だと言われればそうも見えるから、今ではみんな気にしていないようだ。
その機動力の高さを認められて社員にならないかと何度持ちかけられても、叶えたい夢があるからと断っていて、その夢に関しても、それらしいものから実は裏社会や夜の仕事までいろんな噂がある。
本人に聞いても何も答えてくれないし、どうやらその夢が叶うのはしばらく先のようだからそれまでしっかり働いてくれるならと、店長も何も言わなくなった。
顔も可愛いと言われればそうだと思うし、彼氏がいるという噂もあるけれど、本人は否定している。
とにかく謎多き女。
それが宮下果梨 だった。
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