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2-1:午前8時の逢瀬 (9)
「薄情だな」
「えっ?」
「同じビルで働いてて定時も同じなのにさっさと帰るなよ」
「え、あ、ご、めんなさい……?」
曖昧に謝ると、神崎さんは柔らかく苦笑した。
あ、その笑い方もかっこいい……じゃ、なくて。
なんで神崎さんがここにいるんだ?
仕事は?
神崎さんは薄い水色のネクタイをまとめもせず、そのまま鞄に突っ込んだ。
端っこが収まり切らずにちょっとはみ出している。
改めて見ると、いかにも適当に上着を引っ掛けてとりあえず鞄をひっ掴んで走ってきました、という出で立ちだ。
もしかして、定時と同時に慌てて出てきてくれたんだろうか。
俺に会うために?
もしかして、神崎さんも同じように思ってくれていたんだろうか。
会いたいーーって。
「佐藤くん、今日これから時間ある?」
「は、はい、あります」
「よかった。一緒に夕飯食べないか?」
「へっ?」
「今日は親子丼が食べたい」
「親子丼……」
「佐藤くん、作って」
「……はい!?」
「とりあえず材料だよな。要るものわかる?」
「ま、まあ、だいたいは……」
「じゃあ買い物してから帰るか」
「え、あ、はい」
「親子丼って鶏肉と卵?」
「そう、ですね」
「やっぱり。豚肉だと親子にならないもんな」
「豚肉だと他人丼ですね」
「ふぅん、あるにはあるのか」
「あ、親子丼の場合は、肉はもも肉がいいと思いますよ。弾力があるから柔らかい溶き卵と相性がいいんです」
「よし、じゃあもも肉を買いに行くぞ!」
「はい!」
……って、張り切って返事してる場合か!
神崎さんも親子丼だけでそこまではしゃがないで!
興奮するから……じゃ、なくて!
「あの、神崎さん」
「ん?」
うわ、至近距離の笑顔が眩しい!
「あ、えーと、その、今朝、コーヒー買ったんですか?」
「えっ?」
「宮下さ……先輩が、神崎さんを見たって言ってました」
「あー……うん、買った、な」
「珍しいですね、朝もコンビニなんて」
「あー……うん、そうだな。珍しい、かも、な」
急に神崎さんの歯切れが悪くなった。
淡い期待でしかなかったものが、だんだん確信に変わっていく。
「あ、あの、違ったらごめんなさい。それってもしかして、俺に会いに来てくれた、とか、ですか?」
「えっ」
ボッ。
絶対、そんな音がした。
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