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2-2:午後8時のさざ波 (2)

「次は何?」 「野菜を少し。餡に入れようかと」 「ふぅん。あ、アイスも買っていい?」 「ここからだと溶けますよ」 「うーん……じゃあ、途中のコンビニで買う」 「はい」 名残惜しそうにアイス売り場を通り過ぎる神崎さんを見ていると、なんだか変な気分になってくる。 ひとつのカートを並んで押すとか、ひとつの買い物カゴに一緒に入れるとか、何を買うか相談するとか、なんだかとてつもなく、照れる。 まるで、新婚ーーみたいで。 「あ、そうだ。生姜がなくなったからついでに……神崎さん?」 「ん?」 「どうしたんですか?」 「何が?」 「なんか元気ないですけど」 いつもはキョロキョロする視線に合わせて動く頭が、今日はずっと斜め下を向いている。 神崎さんはちらっと俺を見上げてから、左手で口元をなぞった。 「あー……や、なんか今さらだけど、こういうの、なんというか、その……」 「その?」 「……照れる」 口の中で呟くようにこぼれた言葉に、心の中が温かくなる。 誰かと同じ気持ちでいられることがこんなにも嬉しいなんて、今まで知らなかった。 あふれそうになる笑みを噛みしめながら、隣を歩く神崎さんを見る。 こんなに近くにいるのに、その紅色に染まった頬に口づけできないのがもどかしい。 「神崎さん」 「……なに」 「キスしたいです」 「……だ、から、そういうのは」 「はい、家でしましょう」 途端に、神崎さんが真っ赤になる。 思わず頭を撫でると、柔らかい髪が指を追いかけてきた。 でもすぐに神崎さんの左手に捕らえられる。 「神崎さん?」 「野菜、買うんだろ……行くぞ」 「あ、待ってください!神崎さん!」 どんどん遠ざかっていく背中を慌てて追いかけながら、俺は、エレベーターでキスしたらやっぱり怒られるかな、なんて甘いことを考えていた。

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