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2-2:午後8時のさざ波 (4)
スーパーの袋をキッチンに運んで、中身を取り出す。
冷蔵庫を開けると3分の1が埋まっていた。
この二週間の成果、その2。
キッチンにひと通りの食料と調味料を揃えた。
まさか本当にうなぎのタレ以外何もないわけじゃないだろう……と思っていたら、本当にそのまさかで、キッチンにはツナ缶2個とレトルトカレー以外何もなかった。
いや、かろうじて砂糖と塩はあったけれど、醤油もなければみりんもなくて、初めて親子丼を作った時に重い重いと文句を言われながらいろいろ買い揃えた。
食材の支払いは何度交渉しても結局いつも神崎さんがしてくれるし、俺のおかげだというのは傲慢かもしれないけれど、この広大なキッチンが持ち腐れから解放されたのはやっぱり嬉しい。
シンクの上の棚を開けて、今夜必要なものをカウンターに並べていく。
片栗粉、油、醤油……は右の棚か。
斜め右に腕を伸ばしかけて、ふと、不思議な香りが鼻をかすめるのに気づいた。
「……さては、今朝はタイカレーだな」
この二週間の成果、その3。
嗅覚だけで神崎さんの朝食のメニューがわかるようになった。
神崎さんの朝食は、いろんな意味で濃い。
キッチンにうっすら残っているこの匂いから察するに、今朝はグリーンカレーを食べたに違いない。
別に朝食に何を食べようが個人の自由だし、俺もカレーは好きだ。
ただ、自称『信じられないくらいの低血圧』の神崎さんの場合は、目覚ましの3個目でようやく起き上がり、そのままフラーっとキッチンに来てとりあえず水をいっぱい飲み、その時に視界に入ったものを朝食に食べている、というのだから侮れない。
今朝はたまたまそこにレトルトのグリーンカレーがあったからいいようなものの、三日前は、俺が前日に置いていった山葵ふりかけを寝ぼけ眼のまましこたま白飯にかけて食べたらものすごくびっくりしたと怒っていた。
グリーンカレーも山葵も美味しいけれど、起き抜けの胃に刺激物をブッ込むのはいかがなものなんだろう。
今度、インスタントの味噌汁でも置いてみようか。
そうしたらとりあえず日本らしい胃に優しい朝食が……いやでも、それもフリーズドライだったらそのままバリバリ食べてしまうに違いない。
神崎さんなら十分あり得る……。
それでも、そんな無防備な姿を垣間見えるのも俺だけの特権かと思うと、すごく嬉しーー
「ひぁっ!?」
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