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2-2:午後8時のさざ波 (13)

「ごちそうさまでした!」 「ごちそうさまでした」 「ありがとう。今日も美味かった」 神崎さんが綺麗に微笑んだ。 食後の緑茶で火照った身体が、今度は違う意味で熱を帯びてくる。 もしも俺が神崎さんの胃袋を掴んでるっていうなら、神崎さんは俺の心を掴んで離さない。 それはもうしっかり、がっちりと。 神崎さんは、俺が何か言うより先にササッと食器を重ねてあっという間にキッチンに運んでしまった。 食生活はお世辞にも普通とは言えないけれど、こういう気遣いとか、箸の持ち方がすごく綺麗なところとかを間近で見ていると、神崎さんはきっと育ちがいいんだと思う。 苦手な椎茸もなんだかんだ言いつつ必ずひと切れは自分から食べてくれるから、もしかしたらひとつは絶対に食べるように言われて育ったのかもしれない。 神崎さんの両親はどんな人たちなんだろう。 きっと美男美女なんだろうな、なんて勝手に想像してしまう。 そういえば、兄弟はいるんだろうか。 いるとしたら、その人たちも見目麗しいに違いない。 そういえば、出身も知らないな。 今さらながら、神崎さんのことをほとんど何も知らないことに気づく。 四年間片想いしていたとは言っても会えるのはほんの数分間だけだったし、この二週間は気づけばふたりとも料理に夢中で、プライベートな話を一切してこなかった。 ほかの人たちより俺が知っていることと言えば、きっとあの時の『神崎さん、バニラアイスにスプーンをぶっ刺すの巻』くらいじゃ……ん? アイス? 「あっ」 「ん?」 「アイス買うの忘れちゃいましたね」 「えっ!?あっ……あああああ!」 神崎さんがカップを差し出しながら、ムンクの叫びを披露する。 あ、いい香り。 俺がコーヒーを受け取ると、神崎さんは隣に腰を下ろした。 なんだか、ヘナヘナ……と背景に書き込みたい感じの危うさだ。 「そんなに落ち込まなくても明日また……」 「明日じゃだめだ!どうしても今日食べたいんだよ!」 「じゃあ今から……」 「それはやだ!めんどくさい!佐藤くんアイス作って!」 「えぇっ!?無理ですよ!材料がないし……」 「あったら作れた?」 「ま、まあ……たぶん」 「そ、っか。材料……はぁー……」 神崎さんはがっくりとうな垂れてしまった。 いっそ今から、とか、いやでもやっぱり、とかひとりで葛藤している。

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