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2-3:午後7時のベーゼ (1)
朝の神崎さんは、たまらなくかわいい。
「……おはよう」
「おはようございます、神崎さん」
「……コーヒーでかいの、ひとつ」
「アイスでいいですか?」
「……ん」
ものすごくかわいい。
今すぐ抱きしめてしまいたいくらいにかわいい。
かわいすぎて叫びたいくらいにかわいい。
「ポイントカードはお持ちですか?」
「……ああ、はい」
「ありがとうございます」
二週間前なら、こんな神崎さんの姿を見られただけで満足だった。
むしろドキドキして、一日どころか三日間くらいは舞い上がっていられた。
「……佐藤くん、今日は仕事何時まで?」
「6時までです」
「……ふぅん」
「なに食べたいですか」
「……鍋」
「鍋?」
「……さっきテレビでニュースのお姉さんが『そろそろ鍋の季節がやって参りました!』……って言ってて、あー……鍋、いいなあー……って」
「神崎さん、鍋ってその中でいろいろ炊いて食べるんですよ。鍋をバリバリ食べるわけじゃないですけど、それでいいですか?」
それなのに今はーー胸が痛い。
「……それくらい、知ってる」
「プッ、わかりました。じゃあ、今日は鍋で」
「……うん」
俺のことかわいいっていいましたよね。
俺と付き合うって言いましたよね。
俺にキスしましたよね。
俺がそこにいたからですか?
都合が良かったからですか?
俺が好きだって言ったから。
ちょうどよかったからですか?
ただーーそれだけ?
「こちらアイスコーヒーです」
「……ありがとう。また……後で」
いっそそう言ってしまいたい。
言ってしまって、答えがほしい。
違う、って。
でも、そうだ……って言われたら?
ーー俺はあなたの憂さ晴らしでしかないんですか?
「……そんなの、聞けるわけない」
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