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2-3:午後7時のベーゼ (3)
ソファに隣り合って神崎さんとつつく鍋は美味しかった。
それに、楽しかった。
スープのちょうど辛いところを啜ってしまって涙目になる神崎さんはかわいかったし、もっと食べろよと男らしく皿に盛ってくれる姿にはトキめいた。
キッチンの棚の奥の方から引っ張り出した土鍋がツボだったらしく、捨てなくてよかったと喜ぶ姿が見られたのも嬉しかった。
ずっと見ているだけだった人が隣で笑ってくれている。
その瞳に、俺の姿を映してくれている。
その声で、俺の名前を呼んでくれている。
嬉しい。
嬉しい、はずなのに。
「はい、佐藤くん」
「ありがとうございます」
神崎さんが、もうすっかり見慣れた紺色のマグカップを差し出してくれる。
受け取ると香ばしい香りが鼻をかすめた。
「鍋っていいな」
「そうですね」
「ひとりじゃないって実感できる」
「えっ……?」
神崎さんがぽつり、呟くように言った。
その声音があまりに弱々しくてドキッとした。
揺れるコーヒーを見つめる神崎さんの瞳は、乾いている。
それなのに、今にも泣きだしてしまいそうに見えた。
「神崎さ……」
「佐藤くん」
「あ、は、はい!」
急に振り向かれて、伸ばしかけていた右手を慌てて引っ込める。
神崎さんの瞳はもうすっかりいつも通り輝いていた。
さっき垣間見た危うさはなんだったんだ……ん?
あ、あれ?
なんか急に神崎さんの顔がすごく近くなったような……?
「え、と、か、神崎さん?」
「ごはん消化できた?」
「……へっ?あっ、ちょ、うわっ!」
あっという間に、俺は白い天井を見上げていた。
ここがソファでよかった。
硬めのクッションが倒れ込んだ俺の背中をしっかりと守ってくれた。
頼もしい。
あ、よく見ると天井にうっすらと模様がある。
なんだ、無地じゃなかったのかーー…って、デジャヴ!
これぞ、ザ☆デジャヴって感じのデジャヴ……!
「ちょ、か、神崎さん、いきなりなっ……」
「佐藤くんが悪い」
「はあっ!?」
「また俺を物欲しそうに見てた」
「そ、それは神崎さんが……んんっ」
「俺が、なに?」
「あっ、ぁ、い、いきなり、触っ……ぁ」
ちくしょう。
指が。
長い指が絡んできやがる。
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