86 / 492
2-3:午後7時のベーゼ (5)
ああ。
言った。
言ってしまった……!
「……どういう意味?」
神崎さんの声が地を這う。
「俺が好きだって言ったから、それを利用してるだけなんだろ」
「利用?」
「昨日だって今日だって、俺は買い忘れたアイスの変わりなんだろ!?」
「……」
「ただの憂さ晴らしだったら、何も俺じゃなくても……ひっ!?」
神崎さんが唐突に立ち上がった。
遥か上の彼方から、情けない格好でソファに横たわる俺を見下ろしてくる。
その眼光があまりに冷たくて、息が止まった。
……ああ。
そうか。
終わりなんだ。
先に好きだって言ったのはそっちだろう。
男同士なのに割り切った関係にもなれないのか。
こんな面倒くさいヤツだとは思わなかった。
きっとそうやってフラれるんだ。
ぎゅっと目を瞑ると、瞼の裏が蠢いた。
悔しい。
こんなにもあっけなく終わるなんて思わなかった。
やっぱり、俺は神崎さんの運命の相手でもなんでもなかったんだ。
少女漫画みたいな甘い恋になると期待していたわけじゃないけれど、それでも舞い上がっていた。
キスされて、付き合うことになって、すごくドキドキした。
二週間一緒にいられただけで嬉しかった。
そう思いたいけれど、どうしても鼻の奥がツンと痛んでしまう。
ゆっくりと瞼を押し上げると、ぼやけた視界に同じ体勢で俺を見下ろす神崎さんが浮かび上がった。
真一文字に結ばれた唇が、ゆっくりと動き出す。
ああ。
本当に。
もう、終わってしまーー
「買い忘れてない」
刺すように注がれていた視線が揺れた。
「アイス買い忘れてない」
「へ……?」
「昨夜佐藤くんを駅まで送った帰りに買った」
神崎さんの言葉が矢継ぎ早に降ってくる。
「だから冷凍庫に入ってる」
淡々と降ってくる。
「バニラアイス」
言葉の雨が止まない。
「とびきりでかいやつがふたつ。佐藤くんの分もあるから後で一緒に食べよう……じゃ、ない、な」
神崎さんがそれまで出て行った分を取り戻すように深く息を吸った。
ゆっくりと吐き出して、一度目を閉じ、開いて俺を見下ろす。
そして、唐突に膝を折った。
一気に鼻先が触れ合いそうになって、思わず顔を仰け反る。
「ひゃっ……」
「俺が言いたいのは!」
「は、はい!」
「俺が!言いたい、のは……」
言葉尻がどんどんしぼんでいく。
神崎さんが、正座したまま肩を震わせた。
ともだちにシェアしよう!