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2-3:午後7時のベーゼ (9)
だからもう、ほんとに。
この人の手はどんな厳しい修行に耐えてきたんだ!
「んっ……ふ、くっ……ぁ」
心配事が消え去った俺の脳は、かろうじて残っていた米粒ほどの理性を一瞬で吹き飛ばしてしまった。
宣言通りムラムラしたらしい神崎さんに寄せて引いたと思ったら大波になって返ってくる快感の波を与えられ、俺はただ悶えるしかない。
あ、ちょ、そ、そこはだめだって……ああ、もう……!
「あっ、あの!」
「なに?」
「や、やっぱり、俺ばっかりなんて、っぁ、よくないと思います、あっあっ」
「なんで?」
「だ、だって、俺、神崎さんのこと、ちゃんと知らない、しっ」
「三年間ずっと俺のこと見てたのに?」
「四年で、ぁっ、すぅっ、んっ……ん?」
あ、れ?
今の乳首のやつ、気持ちよかったのに……じゃなくて!
「か、神崎さん……?」
唐突にすべての動きを止めて、神崎さんが俺を見下ろしてくる。
なんか顔が怖いんだけど……怒って、る?
「じゃあ、聞けよ。知りたいこと」
「へ……?」
「俺のこと知りたいんだろ」
「んぁっ!ちょっ、神崎さん!」
前触れなく熱の中心を握られて、思わず腰が浮いた。
「いいから聞けよ。答えるから」
そ、そんなこと言われたって、神崎さんの手がめちゃくちゃ気持ちよく動いてくるから、言葉なんて出せなーー
「ないの?質問」
こ、こんちくしょう。
ニヤニヤすんな!
「こっ……ぁ」
「こ?」
「ここっ、ほんとに、一人暮らし、なんですかっ」
「ほんと。一人暮らし」
「お、奥さんとかっ」
「いない、独身」
「か、彼女、は?」
「いない、面倒」
「ご、ご両親、とか」
「いない、死んだ」
「えっ……えっ?」
「他に聞きたいことは?」
「え?あ、きょ、兄弟……」
「いない、ひとりっ子」
……うん。
神崎さんの左手が俺の大事なひとり息子を鷲掴みしてるっていう重大事項は、この上ないくらいに重大事項ではあるけれどもこの際置いておいて……ちょっと整理したい。
今あまりにサラッと答えられて一瞬ついていけなかったけど、神崎さんのご両親はもう亡くなっているのか?
しかも兄弟のいないひとりっ子ってことは、もしかしてこの人、天涯孤独ってやつなんじゃ?
ーー鍋っていいな。ひとりじゃないって実感できる。
あの時の儚い横顔は、あれは……あ、れは……あ、気持ちいい……って。
だからその左手は何なんだってんだよ!
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