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2-3:午後7時のベーゼ (10)

「ふぁっ、ぁっ……あっ」 「もう終わり?」 「あ、え?えと、あ、そ、そうだ!す、好きな食べ物っ」 「あのさ」 「は、はい」 「奥さんとか彼女とか、いたら最初から佐藤くんと付き合うなんて言わないだろ」 「そうですけどっんあぁっ」 突然先端をグリグリされて、一気に達してしまうかと思った。 目の裏がチカチカする。 素早く瞬きすると、霞む視界の中で神崎さんがニヤリと口の端を上げた。 「うん……イイ声」 いつもより低い声が耳をかすめると、頭のてっぺんから足のつま先までゾクゾクした。 ああ、なんかもういろんなことがどうでもよくなってき……いや、ダメだ! これ見よがしに舌を伸ばして今まさに俺に触れようとしていた神崎さんの顎を、両手で思い切り後ろに押した。 ぐぇ、と潰れたカエルのような声を出して首をのけぞらせた神崎さんは、恨みのこもった瞳で俺を見下ろしてくる。 うわ、なんかまたしても激しくデジャヴ? い、いや、でも負けない! 「さ、最後に!な、名前!」 「……名前?」 「下の名前、教えてください!」 むぅ、と不満そうに口を尖らせた神崎さんは、ひょいっと俺の上から飛び降りた。 「んっ……!」 限界まで勃ちあがった先端が擦れて、鼻から甘い息が漏れる。 神崎さんはチラリと振り返ってから奥の部屋に入って何やらごそごそして、すぐに出てきた。 その手には、小さな紙切れ。 「名刺……?」 「神崎と申します。よろしくお願いいたします」 「ど、どうも……」 咄嗟に両手で受け取ると、見覚えるのあるオレンジ色のロゴが見えた。 ネオジャパン株式会社 経理部 経理課 課長 神崎理人 「かんざき……りひと?」 「まさと」 「かんざき、まさと……さん」 「うん」 かんざきまさと。 神崎、理人。 この人は、神崎理人。 そうか。 そうなんだ。 なんでだろう。 名前がわかった。 それだけなのに。 すごく嬉しい。 「で?」 「えっ?」 「佐藤くんは?」 「えっ、えっ?」 「名前。佐藤、なに?」 「あ……」 そうだ。 相手が名乗ったら自分も名乗る。 それがマナー……なんだけれど……。 「……るです」 「る?」 「佐藤英瑠(える)!」

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