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2-3:午後7時のベーゼ (11)
親から子への初めての贈り物。
それがーー名前。
どこかでそんな風に読んだ気がする。
だからこの名前をつけてくれた両親を恨んだことはない。
それでも、人並みより身体が小さかった少年時代、周りからからかわれるたびに明らかに名前負けしている自分がふがいなくて悔しかった。
幸いにも高校時代にぐんぐん背が伸びたおかげで「Lのくせに~」とはいじられなくなったけど、今度は名前の方が見た目負けすることになって、結局俺にとって名前は話のネタでしかなくなってしまった。
だから今これでもかと目を見開いている神崎さんが、堪えきれずに噴き出したり、いきなり床に転げ周って大笑いしたとしても、俺は驚かなーー
「いい名前だな」
「……え?」
「嬉しい」
「何が、ですか?」
神崎さんが、目を細めて笑った。
この人のこんな笑みを見るのは初めてだ。
まるで、冬の野原にぽつんと咲く小さな花を見つけた少女のように無垢だ。
「すごく嬉しい」
「だから何がっ……ひゃっ」
あまりに軽々とまたがられて、なけなしの腹筋が強張る。
神崎さんは半分萎えかけていたそれをひっ掴み素早く左手を上下させると、なんの躊躇いもなく口に含んだ。
「んっふぅっ……あっぁっ……」
「名前」
「な、まえっ……?」
「佐藤くんのフルネーム、聞いたらなんか……」
「んっ、んぅっ……ぁっ……」
「嬉しくなった」
「あ……」
同じだ。
俺と同じ。
名字で呼び合うことに不便は感じなかった。
名前を知らないことだって、ものすごく気にしていたわけじゃなかったのに。
ーー神崎、理人……さん。
あの瞬間、何かが変わった。
「あっあっ……んっ、あ、ふ……っ……」
「佐藤くん、いつもより感じてる?」
だって、ものすごく気持ちいーー…じゃなくて!
「お、俺もっ……嬉しくて、名前っ……ぁ」
「名前?」
「理人さっ……んあぁっ」
あの瞬間 感じたんだ。
俺たちの平行線がーー交わるのを。
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