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閑話:午後9時のアイスクリーム (1)
俺はアイスクリームが好きなんじゃない。
バニラアイスが好きなんだ。
しっとりと広がる白い大海原に散らばる黒いバニラビーンズの粒。
それはまるで夜空に輝く星のようだ。
スプーンが触れると、そこだけトロリと溶ける。
まるで、形がなくなる前に早く食べてーーそんな風に誘 っているようだ。
口の中に導くと、春風に舞う綿毛のように優しく解けて消えていく。
あとには、ただ魅惑的な甘さが残りーー
「んっ……はぁっ……」
残、りーー
「……っぁ、ふ……」
残ーーってなんかない。
何も、残ってない。
甘さも冷たさも、何も。
バニラアイスがもたらしてくれるはずの余韻は、もうすべて舐め取られた。
「ふぁっ……んぅ……」
肺から出るばかりで入ってこない空気を求めて喘いでも、降りそそぐキスの雨はやまない。
それどころかどんどん深くなるばかりだ。
「はっ……ふぅ、ん……」
……まずい。
頭がクラクラしてきた。
「ぁっ……さ、佐藤くんっ」
「はっ……?」
「ぷっ、はっ……ぁ、はぁっ……」
「えっ、あ、大丈夫ですか!?」
大丈夫じゃないって何回言ったらわかるんだ!
心の中で叫びながら、ふたつ折れになって酸素を貪る。
とりあえずはっきりしてきた頭の中で、佐藤くんが俺のことを好き好き言うのは、実は油断させて酸欠で殺すための作戦なんじゃないかなんて考えた。
だって、今度もまったくわからなかった。
いったい何が佐藤くんのスイッチを押したのか。
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