101 / 492

閑話:午後9時のアイスクリーム (7)

「あ……」 「神崎さん……?」 佐藤くんの手を振り払ってしまった。 しかも、思いっきり。 「ごめん、その……」 「嫌、でしたか?」 「え?あ、や、違う!そうじゃなくて……そう、じゃなくて……」 一瞬、記憶がフラッシュバックした。 なんで今さらあんなこと思い出すんだ。 昔の、ことなのに。 「神崎さん……?」 「……ごめん」 ぽんぽん。 うな垂れた頭の上で、佐藤くんの手が優しく跳ねた。 「……今度一緒に行きませんか?」 「えっ……?」 「家具屋さん」 「家具?なんで……?」 「買うんでしょう?テーブルセット」 佐藤くんが呆れたように言った。 困った顔で笑う佐藤くんを見ていたら、心が落ち着いてきた。 「あー……やっぱり、しばらくはソファでいい」 「いいんですか?」 「うん。だって……今買いに行ったら、恥ずかしがりながら食べる俺を見てくださいって言ってるようなもん、だろ」 「……プッ」 「笑うな!」 「ごめんなさい。神崎さんがかわいいから」 「……どこがだよ」 「全部です」 「……このやろう」 「プッ、なんですかそれ」 今、わかった。 俺がムラムラするのは佐藤くんがフェロモンを撒き散らしてるとか、そんなことじゃない。 そこに佐藤くんがいるからだ。 いや……違う。 そこにいるのが、佐藤くんだからだ。 だから、近くにいようがテーブルの向かい側にいようがきっと同じだ。 俺はいつだって、佐藤くんにムラムラさせられる。 「……もう、ないと思ってたのにな」 「えっ?」 「……なんでもない」 ほだされている自覚はあった。 でも、認めたくなった。 受け入れてしまったら、もう逃げ出せなくなる。 始まってしまう。 そう、思っていた。 でも、本当は、もう。 「神崎さん、好きです」 「……このやろう」 「プッ、だから何なんですか、それ」 「……精一杯の抵抗」 俺たちは、出会った瞬間(とき)から始まっていたのかもしれない。 fin

ともだちにシェアしよう!