103 / 492

3-1:午後0時のノイズ (2)

俺には今、切実な悩みがある。 「……おはよう」 「おはようございます、神崎さん」 「……コーヒー、でかいのひとつ」 「アイスでいいですか?」 「……うん、ん」 「ホットですか?」 「……うん」 「かしこまりました」 「……佐藤くん、今日は仕事何時まで?」 「いつも通り6時です、けど神崎さん」 「……ん?」 「せっかくLIME交換したんだから、使ってくださいよ」 俺の切実な悩み、その1。 神崎さんがスマホ難民すぎる。 「あー……」 「あー、って、俺からのLIMEいつも既読スルーするのやめてください」 「……既読スルー?」 「読むだけ読んで返信しない人のことです」 「……あ、それ、俺だ」 「知ってます」 脱力する俺を見て、ぼんやり(まなこ)の神崎さんがふわりと笑う。 ああもうかわいいな、こんちくしょう。 「……ちゃんと読んでるよ」 「それも知ってます」 確かに既読がつけば俺の意思は伝わったんだろうなとは思うけれど、返事がないとそれはそれでなんだかムズムズしてしまう。 だからこの間「返事ください」とそれとなく伝えてみたら、神崎さんは「わかった任せとけ!」と胸を張って、その夜、約束通り返事をくれた。 それも、覚えたてのスタンプを使って。 でも、嬉々として開いた画面の上ではクマがウサギの腹に膝キックをかましていて、俺は「返事くれとか、いきなりずうずうしくて怒らせてしまったんだろうか……」と悶々と眠れない夜を過ごした。 翌朝聞いたら「あー……抱きしめてるのかと思った、ごめん」とはにかまれ、立ち込めていた暗雲が一気に晴れたと同時に、抱きしめてるスタンプを俺に送るってなんだよこんちくしょうっ……と別の意味で悶々とさせられることになった。 LIMEのやり取りだけでこんなに一喜一憂してしまうなんて、どうかしているとは思う。 でもしょうがない。 俺にとってLIMEは、会えない時間も神崎さんと俺を繋げてくれるキューピットなんだ。

ともだちにシェアしよう!