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3-3:午後10時の攻防 (2)

今日の夕飯はカルボナーラにした。 ネットでレシピを調べてみたら、思ったより手順が多くて驚いた。 初めて作ったけれど、それなりに美味くはできたと思う。 でも食べきれなかった。 作りすぎたのもある。 俺の分と、神崎さんの分と、次の日の俺の昼飯の分。 深く考えずに、いつもどおり三人前を作ってしまった。 でも、三人前どころか一人前も食べられなかった。 ひとりで食べるカルボナーラはあまりに味気なかった。 静かな空間に耐えられずにテレビをつけた。 軽快な笑い声が空間に混じった。 ただそれだけだった。 美味しくなかった。 楽しくなかった。 寂しかった。 足りなかった。 身体の右側がスースーした。 携帯と財布をひっ掴んでアパートを飛び出した。 パーカーを羽織っても、外に出ると身体が震えた。 吐く息はまだ白くはならなかったけれど、季節は確実に移り変わっている。 腕時計を見ると、短針はまだ10を通り過ぎていない。 地下鉄はまだ動いている。 ーー本人に聞くのが一番早いと思うけど。 宮下さんの言ったとおりだ。 臆病になんてならずに。 聞けばよかった。 言えばよかった。 行かないで。 俺と一緒にいて。 そう言ってしまえばよかった。 心の中にあること全部、伝えてしまえばよかった。 “好き” “一緒にいたい” “キスしたい” “抱きしめたい” “触れたい” たった3駅分なのに、地下鉄に乗っている時間さえもどかしく感じた。 地上に出てすっかり歩き慣れた道のりを走る。 心のどこかで期待していた。 神崎さんも飲み会の途中で俺が恋しくなったりしていないだろうか。 途中で飛び出して、家に帰ってきたりしてないだろうか。 でも。 ようやくたどり着いたそこで息を整えるのも忘れて上を見上げたら、上から二番目の西向きの部屋の窓に明かりはなかった。 時計の針は、いつのまにか10を通り過ぎていた。 寒い。 身も心も冷たい風にさらされてすっかり冷え切ってしまった。 俺の心はいつの間にこんなにも欲深くなってしまったんだろう。 たった一晩一緒にいられないだけで、こんなにも心が乱れるなんて。 会いたい。 会いたい。 神崎さん。 会いたーー 「佐藤くん……?」

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