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3-3:午後10時の攻防 (3)

振り返った先には、会いたくて会いたくてしょうがなかったその人がいた。 「どうした?何かあった?」 「えっ……?」 クシャクシャのネクタイを手に持った神崎さんが、慌てて駆け寄ってくる。 そして俺の右手を取り、眉間に深いシワを作った。 「冷たっ」 「あの……」 「なに?なにがあった?」 「なに、って……」 神崎さんがオロオロしながら俺を見上げる。 その瞳に映る自分を見ていたら、ようやく実感がわいてきた。 ……会えた。 神崎さんに会えた。 嬉しい。 神崎さんがそこにいる。 今朝と同じ服装の神崎さんが俺を見ている。 同じネクタイを持って、同じ鞄を持って、俺を見ている。 「LIMEはくれてないよな?どうした……?」 「えっ、あ、ええええっと……その、なにもない、ようなある、ような……?」 神崎さんの眉間にまたシワができた。 捕らわれたままの右手が、ぎゅっと握られる。 そういえば今日は考えごとばかりしていて、神崎さんに一度もLIMEしてなかった。 「なんだそれ。いつからここにいたんだ?」 「あ、着いたのはついさっきで……」 「もしかして俺を待ってたのか?」 「あ、ええええっと……はい」 「えっ、ほんとに?」 「なんか……猛烈に会いたくなって」 神崎さんがこれでもかと目を見開く。 俺も、驚いた。 あまりに自然に出た自分の言葉に。 「神崎さん……?」 ふと、右手が握り直された。 「俺も会いたかった」 「えっ……?あっ、ちょっと!?」 「手が冷えてる。早く入ろう」 急に手を引かれて、足がもつれそうになる。 転がるようについていく俺を気にもせず、神崎さんは大股で歩を進めていく。 そして、エントランスの扉が完全にスライドする前に身体を滑り込ませた。 フロント越しに俺たちに気付いたコンシェルジュの三井さんが、スクッと立ち上がる。 「おかえりなさいませ、神崎様」 「こんばんは」 「お荷物が届……」 「後で取りにきます」 「えっ」 「かしこまりました」 三井さんは対して動じもせず、丁寧に会釈した。

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