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3-3:午後10時の攻防 (6)

閉じていた神崎さんの瞳が、ぱちっと開く。 咄嗟に距離を取ろうとする神崎さんの腰を、強く抱き寄せた。 「んっ……は、ぁっ」 舌を絡めながら手を上下に動かすと、腕の中で身体が震えた。 シャツを握る手に力がこもる。 「ん、んん……っ」 神崎さんが、またぎゅっと目を瞑った。 なにかを堪えるように唇を噛み締めている。 「っは……ぁん」 ゆっくりと唇を離すと、ふたりの間に銀色の橋ができた。 神崎さんがまぶたを押し上げ、濡れた瞳で見上げてくる。 その光る唇を親指で拭い、もう一方の手を神崎さんのズボンのジッパーにかけた。 でもジジ……と音がしたところで、神崎さんの左手に止められる。 「やっ……だめだっ」 「なんでですか?」 「スーツっ……よごしたくない……っ」 子供がイヤイヤをするように必死に首を振られて、しぶしぶ手を離す。 神崎さんは安心したようにひとつ息を吐くと、トンと俺の胸を押した。 ゼロだった距離が、一気にプラスになる。 ……ああ。 まただ。 またーー拒絶。 胸の奥がチリっと痛む。 神崎さんは、俺から視線をそらしたまま、落ちていた鞄を拾い上げて靴を脱いだ。 「着替えて、くる」 そして、足早に廊下の奥に消えてしまった。 まるで、俺から逃げるように。 「ネクタイ、忘れてるし……」 クシャクシャに丸まったネクタイを拾う。 反対側の手で唇をなぞると、まだしっとりと濡れていた。 念願の『玄関先のキス』だった。 しかも、神崎さんからしてくれた。 嬉しかった。 ものすごく気持ちよかった。 でも。 「なんだかなあ……」

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