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3-3:午後10時の攻防 (7)
靴を脱いで家に入ると、キッチンにもリビングにも誰もいなかった。
「神崎さん……?」
「奥にいる」
声に導かれるままリビングの奥へ足を進めると、いつもは閉じている扉が今日は開いていた。
部屋の中では、神崎さんがスーツのジャケットを脱ぎ捨てている。
ワイシャツの一番上のボタンに手をかけたところで、ふとこちらを振り返った。
「ネクタイ、忘れてましたよ」
「あー、ありがとう」
ネクタイを差し出したけれど神崎さんは取りに来るでもなく、ワイシャツのボタンに集中している。
持ってこい、ということだろうか。
俺は、躊躇いつつも部屋の中に足を踏み入れた。
大きめのベッドが真ん中にひとつ。
その隣の小さな棚の上には、シンプルなランプが乗っている。
右側の壁は、一面がクローゼットの扉になっていた。
奥の壁は真っ白のまま、何もかかっていない。
「ちょっと待ってて。着替えたらコーヒー淹れるから」
「あ、はい、おかまいなく」
神崎さんは俺からネクタイを受け取ると、ポイっとベッドの上に放った。
クローゼットからハンガーをひとつ出し、かかっていた紺色のシャツをはずす。
そして、代わりにスーツのジャケットをかけた。
それを丁寧にクローゼットに戻すと、ボタンのはずれたワイシャツを脱ぐ。
続けて、黒い半袖のシャツも腕をかけて一気に持ち上げる。
細身だけど引き締まった上半身が露わになって、思わず目を逸らした。
「……あの」
「ん?」
「神崎さんって滅多に飲み会とか行かないですよね?」
「うん」
「なのになんで今日は参加したんですか?」
「馬肉」
「……は?」
「今日の会場が馬肉の専門店だって聞いて、どうしても食べてみたくなった」
「まさか食い物狙いですか」
「だって、飲み会の楽しみなんてそれしかないだろ?」
「……そうですか?」
「ん?」
神崎さんが紺色のシャツに両腕を突っ込んだまま、俺を振り返る。
「飲み会の醍醐味ってどっちかって言うと『神崎課長がいるならあたしも行く~』って浮かれてる女の人たちに囲まれて鼻の下伸ばしたり、ボディタッチされたり、そういうことなんじゃないんですか」
シャツから顔を出した神崎さんが、ポッカーンと口を開けて俺を見つめた。
でもそれは徐々に歪んで、淡い笑みへと変わっていく。
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