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3-3:午後10時の攻防 (12)

「っは、ぁっ……やめろ……っ」 「……嫌です、やめません」 「さ、わるなっ……!」 ドン、と身体に衝撃が当たった。 神崎さんが両腕を突っ張って俺の胸板を押してくる。 目玉がこぼれ落ちそうなくらいに見開かれたその瞳は、怯えきって震えていた。 「……なんで?」 「こ、んなのただの生理現象っ……」 「だとしても俺がおさめたいです」 もう一度右手を伸ばすと、すぐに神崎さんの左手に阻止される。 懸命に俺の手を押しとどめようとするのを振りほどくと、今度はまた両手で身体を押された。 「神崎さん、腕、どけてください」 「いやだっ」 「どけてください」 「だってっ」 「だってじゃなくて」 「っ……ほ、んとにしたい、のか?」 「はい、したいです。というより、します」 まっすぐに俺を見上げていた神崎さんの視線が、かすかに揺れた。 今のへの字口の意味はまったくわからない。 ただ俺の胸に伸ばされた腕は突っ張ったままで、心の奥の方をきゅっと締め付けてくる。 「……なんでですか?」 「えっ?」 「なんでダメなんですか?」 「ダメ、ってわけじゃ……」 「じゃあいいんですか?」 「……」 「何か理由(わけ)があるなら教えてください」 「理由(わけ)、って……」 「やっぱり俺はただの憂さ晴らし要員なんですか?」 「えっ!?あ、うわっ」 突っ張った腕を無理やり引き剥がすと、神崎さんはあっさりと後ろに倒れた。 「ちょ、さ、佐藤く……っ」 「俺に触られるの嫌ですか?」 「ち、ちが、そうじゃなっ……」 「じゃあなんでですか?」 「だ、だからっ……」 「俺のこと嫌いですか……?」 「えっ……?」 俺に抗い暴れていた神崎さんが、一切の動きを止めた。 濡れた瞳で俺を見上げて、コクリと喉を鳴らす。 ……ああ、そうか。 俺きっと今、泣きそうな顔、してるんだ。

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