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4-1:午前9時のシャワールーム (3)

シン……としたエレベーターの中で、どんどん少なくなっていく数字を見つめる。 ふと背中を冷気が駆け上がり身震いすると、ランニングウェアが乾いた音を立てた。 季節外れの暖かさが続いていた先週とは打って変わって、今週は朝晩の冷え込みが厳しい。 それでも早朝の澄んだ空気が気持ちよくて、夏の間サボっていたジョギングを再開した。 理人さんにも一緒にどうかと声はかけてみたけれど、まるで南国の島で発見された新種の虫を見るような目つきで一瞥された後、あっさりと断られた。 なんとなく予想はしていたけれど、姉たちの少女漫画に囲まれて育った俺は、誰もいない早朝の公園をふたりきりで走る……なんて光景に憧れてしまう。 理人さんに言ったらさらに冷たい瞳であしらわれてしまいそうだから、口に出しては言わないけれど。 「今朝の理人さんもかわいかったな……」 思い出しただけで頬の筋肉がゆるゆるにたるんでしまうのが、自分でも分かる。 水曜日と金曜日にここに泊めてもらうのが習慣になってしばらく経った。 土曜日にバイトが入った時は渋々自分のアパートに帰るけれど、バイトの後にダッシュで理人さんに会いに行って、結局そのまま夜を一緒に過ごすから、週に2回は一緒のベッドで寝ていることになる。 理人さんのベッドは、大の男がふたり寝ても余裕で寝返りが打てるほど大きい。 それでも理人さんは、いつも俺にぴったりとくっついてくる。 最初は離れているから無意識なのかもしれないけれど、朝方ふと目が覚めると決まって俺の腕の中にいた。 パジャマの薄い布越しに感じる体温が、たまらなく愛おしい。 「あ、おはようございます」 「おはようございます」 エレベーターが8階で止まり、チワワを抱っこした女性が乗ってきた。 軽く会釈すると、上品な笑みで返される。 「今朝も冷えるわね」 「そうですね」 803号室に住んでいるこの女性ーー野々宮さんは、たまには旦那さんに代わってほしいと愚痴を零しながらも、毎朝愛犬との散歩を欠かさない。 手作りらしいピンクの服をきたチワワが、濡れた黒い瞳で俺を見つめてくる。 そっと頭を撫でると、小さな尻尾が揺れるのが見えた。 「今日もジョギング?」 「ええ。流す程度ですけど」 「寒い中ご苦労様。鍵は持ってきたの?」 「はい。今日は忘れずに」 ポケットから小さなトフィがぶらさがった鍵を取り出して見せると、野々宮さんは優しく微笑んだ。

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