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4-1:午前9時のシャワールーム (5)
「どうぞ」
「悪いわね」
野々宮さんに続いてエレベーターを降りた。
角を曲がってロビーに出ると、すぐにカウンターの向こうにいた若い男性が立ち上がる。
コンシェルジュの下條さんだ。
「下條くん、おはよう」
「おはようございます、野々宮様」
下條さんはまず野々宮さんに深々と頭を下げてから、尻尾を振るチワワの頭を優しく撫でた。
「おはよう、チェルシー」
野々宮さんと下條さんが楽しげに言葉を交わすのを横目に見ながら、邪魔にならないよう端っこでストレッチする。
手を組んで伸びをすると、起き抜けの身体がようやく動き始めた気がした。
「じゃあ、行ってくるわね」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
野々宮さんはチワワのチェルシーを下ろすと、俺に小さく手を振って出ていった。
ひとりと一匹の後ろ姿を目を細めて見送ってから、下條さんが俺に向き直る。
「おはようございます、佐藤様」
「おはようございます」
「今朝はどちらに?」
「一時間くらい流してからスーパーに行こうと思って」
「精が出ますね。神崎さんはご一緒ではないのですか?」
「まだ寝てるんで、鍵だけ借りてきました」
「そうでしたか」
「あ、この間下條さんに教えてもらった映画すごくおもしろかったです」
「それは何よりでございました」
野々宮さんを通して何度か言葉を交わすうちに、下條さんとはこうして世間話をするまでになった。
休みの日に映画をレンタルして見るのが趣味らしく、時々おすすめの映画を教えてくれる。
その切れ長な瞳は鋭いけれど、紡がれる言葉の物腰はとても柔らかい。
漆黒のスーツがあまりに似合いすぎていて、俺より年下と聞いた時はびっくりしたけれど、短い黒髪を揺らしながら見せる笑顔にはまだどこか幼さが残っていた。
「それじゃ、ちょっと行ってきます」
「お気をつけて」
「ありがとう」
また深々と頭を下げて、下條さんが俺を丁寧に見送ってくれた。
左右にスライドした扉を抜け一歩外に出ると、吐く息がうっすらと白い。
思っていたよりも冷たい空気に、思わず身震いする。
それでも、ゆっくり深く息を吸い込むと、一気に頭がクリアになった。
振り返ると、下條さんはもう背を向けて仕事に戻っていた。
きっと下條さんは、俺と理人さんの関係に気付いていると思う。
ほかのコンシェルジュさんたちとはあまり深く言葉を交わしたことはないけれど、ほぼ毎日のように訪れて、たまに泊まってもいく関係……となれば、なんとなく想像はついてしまっているだろう。
もちろん何かを言われるわけでもないし、知られて困るわけでもないけれど、どこか気恥ずかしかった。
「ハァ……行くか」
俺は、ホウッと吐いた白い息が消えるのを待ってから、ゆっくりと足を踏み出した。
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