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4-1:午前9時のシャワールーム (6)
小麦粉と牛乳を買って帰ってくる頃にはすっかり日が登り、眠っていた街は目を覚まし忙しなく動き始めていた。
今日の空は、気持ちいい晴れだ。
夏のそれとは違うけれど、ちょっと薄めの水色と白が色鉛筆で塗ったみたいにちょうどいいコントラストで配置されている。
きっと理人さんも好きな空模様だと思う。
「ただいま」
玄関の扉をくぐり、もぞもぞと黒いランニングシューズを脱ぐ。
長い廊下の向こうには明るい空間が広がっているけれど、外の光が届かない玄関は薄暗いままだ。
俺の動きに合わせて、スーパーの袋がカサカサと小さな音を立てた。
その音が大きく感じるくらいに静かだ。
おかしい。
いつもはどこからともなく、ヌボー……っと現れる理人さんが、今日はその姿を見せてくれない。
あの、フラー……っと寄ってきて、スポッと俺の腕にハマってくる寝起きのかわいい理人さんを堪能するのがジョギング後の楽しみなのに。
キッチンカウンターに袋を置いてから、リビングを横切る。
「理人さん……?」
もしかしてまだ寝てるのかも、と寝室を覗いたけれど、ベッドはもぬけの殻になっていた。
鍵は俺が借りたままだから、まさか外に出かけて行ったなんてことはないと思う。
それに下條さんもさっきは軽く挨拶しただけで、特になにも言わなかった。
不思議に思ってリビングに戻ると、どこからか微かに水の流れる音がした。
耳を澄ませて、その音源を探る。
なんだ、シャワーか。
昨日の夜、理人さんは、身体中ベタベタで気持ち悪いとプンスカ怒りながらも、気づいたらそのまま俺の腕の中で眠ってしまっていた。
年末が近づくにつれて理人さんの残業が少しずつ増えている。
きっと、疲れていたんだろう。
それに昨夜の理人さんは、いつになくテンションが高かった。
残業が終わるまでコンビニ のイートインで待っていた俺を見つけるとそのままワックまで引きずっていって、ハンバーガーのワッピーセットをふたつ、持ち帰りで頼んだ。
家 に入るなり、いつもは欠かさない手洗いとうがいも忘れて、青いビニール袋に入ったおもちゃを開けた。
ふたつともが『スリーピース』のトフィが飛び出すおもちゃだと分かると目を輝かせて、それでも律儀に俺にほしいか確認してくれた。
俺が首を振ると、満面の笑顔で飛び出すトフィをふたつ、キッチンのカウンターに飾った。
週末だけおもちゃと一緒にもらえるらしい『スリーピース・スペシャルDVD』を見ながら、小さなハンバーガーを肩を並べて食べた。
風呂に入って、着替えて、歯を磨いて、一緒にベッドに入る頃には、理人さんの瞼は半分くらい閉じていた。
でもまさか、子供みたいにはしゃぐ理人さんの姿を見せつけられまくっていたのに、そのまま黙って『おやすみ』なんてできるわけがない。
結局、理人さんの身体がベタベタになるまで、いろんなところを舐め回してしまった。
感じる理人さんは、かわいい。
いや、かわいいのひと言でなんてとても言い表せない。
時々過去のトラウマを思い出すのか必死に顔を隠すこともあるけれど、それもかわいい。
相変わらず電気だけは消してくれとものすごく必死だけれど、それもかわいい。
まだ2回に1回は俺の手や舌を拒もうと頑張ったりもするけれど、もはやその仕草すらもかわいい。
だんだん気持ちよくなってくると腰が揺れるのもかわいいし、自分だけイクのは嫌だと涙目になるのもかわいいし、躊躇いがちに俺を舐めてくるのもかわいい。
もうとにかく、理人さんはかわいいの宝庫だ。
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