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4-1:午前9時のシャワールーム (8)

「な、なんで裸なんだよ」 「シャワーするんだから当たり前でしょ」 「えっ、今?一緒、に?」 「けっこう汗かいちゃったんで、冷やしたくなくて。風邪引いちゃいそうだから」 「……」 「だめですか?」 「……だめ、じゃあない、けど」 「ありがとうございます」 理人さんは唇をへの字に曲げて、俺に背を向けた。 シャンプーのボトルを押そうとして、でも派手に左手を滑らせて焦っている。 ああもう……かわいいなあ! 背中から首にかけてのラインがほんのり赤く見えるのは、熱いシャワーのせいだけじゃないと思う。 俺は溢れ出る笑いを咳払いで飲み込んでから、降り注ぐシャワーの下に身を置いた。 冷えた身体が、じわじわと暖かさを取り戻していく。 「ふー……ちょっと温度上げていいですか?」 「うん。外、寒かった?」 「はい。でも、爽快でした」 「ふぅん」 「やっぱり理人さんも一緒に走りませんか?」 「やだ。俺はMじゃない」 「M?」 「朝の6時からジョギングとかマゾとしか思えない。しかもこのクソ寒い中」 「今日は7時でしたよ」 「どっちでも一緒だろ」 もこもこ泡だらけの頭をかき乱しながら、理人さんが心底不可解だと言いたげに眉を寄せた。 俺もシャンプーをワンプッシュ取り、手の上で軽く泡立てる。 髪の毛に馴染ませると、爽やかな香りが空気を漂う水の粒に吸い付いていった。 「そういえば、行きのエレベーターで野々宮さんに会いましたよ」 「あー……チェルシーの散歩?」 「はい」 「……ふぅん」 「チェルシーって理人さんには自分から飛びつくけど、俺にはまだ心を開いてくれないんですよね」 同じマンションに住んでいるとは言え、階も生活スタイルもまったく違う理人さんと野々宮さんが知り合ったそもそものきっかけがチェルシーだったらしい。 ある日、普段は野々宮さん以外の人には懐かないチェルシーが、理人さんを見るなり突進していって自らその腕に飛び込んだのだという。 ワイルドな逆ナンだったというわけだ。 どうやら、理人さんは犬にまでモテるらしい。 真のイケメン、恐るべし。 「最近は頭撫でさせてくれるようになりましたけど、抱っこはまだ警戒されちゃってるみたいで……」 「……その分、野々宮さんには心開かれてるみたいだな?」 「えっ?」 「この間野々宮さんとすれ違った時、『今朝も神崎くんのお友達と一緒になったわよ~。若いのに料理が得意なんて素敵よね~』って言われた。佐藤くんが料理できること、なんで野々宮さんが知ってるんだよ?まさか、ジョギングついでに一緒に散歩してるのか?そりゃひとりで走るよりは誰かいた方が楽しいんだろうけど、俺が行かないからって野々宮さんと一緒はだめだろ。彼女には旦那さんがいるんだし、変に誤解を招くような行動はよくない、と思う」 「……」 「だいたい、話をするにしてもなんでそんなことまで話したんだよ?野々宮さんが『佐藤くんの手料理が食べたいわ~』って言い出したらややこしいだろ」 は? え? なに? いったいなんの話だ? 頭の中にたくさんの???を浮かべつつ、いつになくペラペラとしゃべり続ける理人さんの横顔を盗み見ると、唇が尖っていた。 あれ。 この反応ってもしかして……もしか、する? 「佐藤くん?聞いてる?」 「え?あ、はい」 「聞いてなかっただろ……」 「や、聞いてはいましたけど……理人さん」 「なに」 「もしかして、嫉妬してます?」 「は……?」 「嫉妬。やきもち」 「……」 「……」 「は、はぁっ!?や、やきっ……な、なに言っ……し、してないから!」 してた。 今のは絶対してた! 「……プッ」 「笑うな!」 「ごめんなさい。理人さんがかわいすぎて、つい」 「か、わいいって……なんだよ……くそっ」 理人さんが、シャワーを自分の方に向けて頭からかぶった。 乱暴に髪をかき混ぜながら、唇を尖らせる。 ああもう。 「理人さん、心配しないで」 「……」 「野々宮さんとはいつもロビーで別れてます」 「……」 「挨拶くらいしかしてませんから」 「……」 「ね?」 「……」 「……」 「……なら、いい」 うん、かわいい。

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