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4ー2:午前10時のブレックファスト (1)

しっかり温ったフライパンを濡れ布巾の上に置くと、ジュワーっと音がした。 立ち上る蒸気がある程度収まるのを待って、もう一度コンロにかける。 火力を少し落としクリーム色の生地を注ぎ入れると、甘い香りが漂ってきた。 あっという間に縁の色が濃くなってきて、慌てて菜箸を手に取る。 薄い生地をゆっくりと持ち上げひっくり返すと、綺麗な黄金色に仕上がっていた。 上出来だ。 心の中で自画自賛しながら、焼きあがった一枚を大きめの皿に置く。 そしてまた、フライパンを濡れ布巾に置いた。 熱が逃げていく音を聞きながら、リビングの奥に耳を澄ませる。 寝室の扉は、まだ閉まったままだ。 「もう二度と佐藤くんと一緒にシャワーなんかしないからな!」 理人さんがそんな捨て台詞を残して寝室にこもってから、どれくらいだろう。 しばらくはドア越しに「くそ」とか「あーくそ」と「あーもうくそ」とかくぐもった声が聞こえてきていたけれど、今は物音ひとつ届いてこない。 鍵のない扉だから開けようと思えばいつでも開けられるけれど、さすがにそれは躊躇われる。 何度かノックをしても返事がなかったから諦めて朝食作りを始めたけれど……うーん。 あと10分経っても出てこなかったら、見に行った方がいいかもしれない。 万が一、シャワーでのアレが原因でのぼせて倒れていたら困る。 だんだん心配になりつつ2枚目の生地を皿に重ねたところで、扉が開く微かな音が聞こえた。 続けて絨毯が擦れる音が聞こえ、ゆっくりと近づいてくる。 理人さんはキッチンに立つ俺の姿を見つけると、驚いたように目を見開いた。 「理人さん」 「ん?」 「大丈夫ですか?」 「なにが?」 「部屋に入ったまま出てこないから、気分でも悪くなったのかな、って」 「あー……ごめん。ちょっと探しものしてた」 「探しもの?」 理人さんは何とは答えず、ただ口の端を上げる。 そして、柔らかい絨毯を踏みしめながらキッチンの方に回ってきた。 理人さんは、いつもより色の濃いジーンズと紺色の薄手のセーターに身を包んでいた。 ああ、なんだ。 服を探していたのか。 ニット姿を見るのは初めてだけど、すごくかわいい。 心の中でそんなことを呟きつつ、生地作りを再開する。 「なに、これ」 理人さんが、フライパンの中を覗き込んで不思議そうに首をかしげた。 「クレープです」 「朝ごはん?」 「はい。理人さん昨日テレビ見て食べたいって顔してたから」 「……ふぅん」 「なんで赤くなるんですか」 「なってない!ただ……」 「ただ?」 「……そんなとこまでよく見てるな、と、思っただけだ」 理人さんの口が、への字を描いた。 かわいい。 思わず桃色の頬に手を伸ばしかけて、でもすぐに興奮気味の言葉に遮られた。 「クレープって、野菜使うのか?」 「さすがに朝からクリーム系は甘いから、おかず系クレープにしようと思って」 「ふぅん……あ、レタスちぎるの、やっていい?」 「どうぞ」 洗い終わったレタスの入ったボウルをずずいと押しやると、理人さんが瞳を輝かせた。 いそいそと手を洗い、腕まくりをする。 そしてレタスの葉を一枚取ると、慎重にちぎった。 「ん……レタスってこんなに硬かったっけ?」 「こうやって繊維に沿って千切ると、やりやすいですよ」 「あ、ほんとだ。佐藤くんすごい」 理人さんが俺を大げさに褒めてから、全神経を目の前のレタスに集中させる。 あ、そんなに細くしなくても……ま、いいか。 次々と出来上がっていく紐レタスの山を前に、俺は小さく苦笑した。 「まだやることある?」 「ツナマヨを作るのと、ゆで卵を切るだけ、かな」 「ふぅん」 納得したように頷く理人さんの前髪の先から、ぽたり、と水滴が落ちた。 「うわ、理人さん、髪の毛ベタベタのままじゃないですか!」 「あー、すぐ乾くだろ」 「だめです。風邪引きますよ!」 「え?あ、ちょっ……自分でっ……」 シンクの上の棚からタオルを取って、理人さんの頭にかぶせる。 抗議の言葉を無視してわしゃわしゃと髪をかき混ぜた。 理人さんが、揺れる身体はそのままに手ではレタスを千切りなら、唇を尖らせる。 「……佐藤くんさ」 「はい?」 「なんで、朝ごはんなんて作ってるんだよ」 「え?」 「誕生日くらいゆっくりすればいいだろ」 そう。 今日ーー12月8日は、俺の誕生日だ。

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