161 / 492

4ー3:午後9時の涙 (1)

シン、と静まりかえったリビングに、かちゃかちゃと食器が擦れる音だけが響く。 空はすっかり闇の色に包まれ、西に浮かぶ細い三日月の存在を際立たせていた。 気温が一気に下がった今夜、暖房を効かせた室内は暖かく、窓にはうっすらと霞がかかっている。 ふよふよと漂うエアコンの風の上を、スパイスの良い香りが追いかけていた。 俺たちは、ふたりでソファに並んでカレーを食べていた。 向かい側にあるテレビの画面は黒いままで、俺と理人さんのシルエットをぼんやりと映している。 口に含んだカレーは少し冷めてしまってはいたけれど、甘すぎず辛すぎず美味しい。 それなのに、俺の右隣を覆う空気はどんよりと重かった。 理人さんの左手は、銀色のスプーンをだらりとぶらさげ、かき混ぜるばかりで全然減らないカレーをつついている。 そして反対側の手は、真っ白な包帯に覆われていた。 「なんか、ごめん」 「理人さん……?」 「佐藤くんの誕生日だから、ちゃんとしたかったのに」 手当されたばかりの右手をギュッと握りしめながら、理人さんが声を震わせる。 俺はスプーンをカレーの上に戻してから、理人さんの頭を撫でた。 「だめですよ。右手、そんなに握っちゃ」 「だって……」 「俺は、理人さんの気持ちが嬉しかったです」 額と額を合わせて覗き込むと、理人さんの瞳になみなみと涙が込み上げてくる。 俺は少し笑って、目尻に溜まる涙の粒をそっとキスで拭った。

ともだちにシェアしよう!