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4ー3:午後9時の涙 (9)

「……怖い」 「理人さん……?」 「怖い!怖いんだよ!怖くて怖くてしかたないんだよ……!」 丸い粒になった涙が、ぽろり、理人さんの瞳からあふれて落ちた。 「俺はいいんだよ!俺にはもう家族はいない!でも佐藤くんは違うだろ!」 「……だからなんですか」 「俺は!男が好きだって、結婚なんてしなくたって、孫ができなくたって、泣かせる相手はもう誰もいない!でも佐藤くんには!佐藤くんの両親は、結婚して子供が生まれて、そういう普通の幸せってのをお前に望んでるはずだろ!」 「そんな先のことなんか考えてられませんよ!」 「なら考えろ!お前はひとりで生きてるわけじゃないんだ!お前は俺とは違うんだよ!」 次から次へとあふれてくる涙を拭おうともせず、ただ真っ直ぐに俺を見つめてくる。 ただその思いを俺にぶつけてくる。 もう俺の気持ちは揺るがない。 まるで、そう言われているようだ。 なぜお前は分からないんだ。 まるで、そう責められているようだ。 「……なんだよ、それ」 俺とは違う? どこが? なにが? 「なんだよ、それ」 家族? 両親? 将来? 結婚? 子供? 普通の幸せ? 「なんだよそれ!」 ずるいだろ。 今さらそんなこと持ち出してくるなんて。 「勝手すぎるだろ、そんなの!」 だったらなんで、俺にキスなんてしたんだ。 なんで、触れることを許したりしたんだ。 こんなにも夢中にさせてから離れようとするなんて。 残酷すぎる。 俺は。 俺はどうしようもなく。 「俺の気持ちはどうなるんだよ……っ」 理人さんが、好きなのに。

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