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4ー3:午後9時の涙 (10)
「……好きだ」
湿った声が、ぽつり、と落ちた。
「佐藤くんが好きだ」
理人さんが、目に涙を溜めたまま、笑う。
絡んだままだった手を解き、俺に伸ばした。
真っ白だった包帯に、紅色の小さな染みが広がっている。
俺のために傷付いた右手が、俺の頬を撫でた。
「好きだよ……好き」
まるでうわ言のように、繰り返される言葉。
涙を零すまいとするように、大きな瞳が瞬きを繰り返す。
赤い想いを携えた指が、俺の唇を右から左へとゆっくりと辿る。
「なんでかわからないけど好きだ。ひとりで平気だと思ってた。生きていけると思ってた。でも、佐藤くんに出会ってから、毎日が楽しくてしょうがなかった。一緒に料理したり、鍋つついたり、キスしたり、恥ずかしいことだって、佐藤くんとだからすごく嬉しかった。だから怖い。ひとりになるのはものすごく怖い。佐藤くんと離れたくない。ずっと一緒にいたい。でも俺のこの気持ちのせいで誰かが傷付くことになるなら、俺はひとりがいい。佐藤くんの家族だって、友達だって、佐藤くんの大切な人たちを傷つけるくらいなら、俺はひとりがいい。俺は弱い人間だから、心だけじゃなくて身体まで繋がってしまったら、もう引き返せなくなる。そうなる前に今、終わらせたい。今ならまだきっと、俺もお前も傷付かずにーー…っ」
強く。
「もう……黙ってください」
強く、抱きしめた。
「なんでですか」
怖がりなくせに。
「なんで、そんな寂しいこと言うんですか」
ひと一倍臆病なくせに。
「俺のこと好きなくせにひとりがいいなんて言うなよ……っ」
そんなこと、言うな。
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