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4ー3:午後9時の涙 (11)
理人さんは、俺のために、俺から離れていこうとしている。
俺のために泣きながら、俺のために、俺から離れていこうとしている。
「うっ……ひっ、く……」
幼い子供のように両手で何度も顔を拭いながら、肩を震わせている。
その整った顔が、今は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
気付かなかった。
こんなにも、好きでいてくれたなんて。
知らなかった。
こんなにも、大切に思われていたなんて。
「……理人さん」
名前を口にしただけで、想いがあふれそうになる。
「俺には、男同士の恋愛関係がどこまで普通じゃないのか分かりません。もし周りが俺たちのことを知った時に、どんな反応が返ってくるのか、まだ、考えたこともありません」
ただ、嬉しくて。
気持ちを伝えられたことが、嬉しくて。
応えてもらえたことが、嬉しくて。
なにも、考えていなかった。
「理人さんが今までどんなことを見てきたのか、言われてきたのか、俺は知りません」
理人さんは、こんなにも俺のことを考えてくれていたのに。
「でも俺には、俺の両親が理人さんと一緒にいる俺を見て、俺たちを否定するとは思えません。俺の家族は、いつも俺の気持ちを尊重してくれます。俺の幸せを望んでくれています。だからむしろ喜んでくれると思います。俺の両親はそういう人たちなんです」
いずれ家族に話さなければならない時期 がくる。
両親は驚くだろう。
怒りもするかもしれない。
でもきっと、最後には俺たちを認めてくれると思う。
もしかしたらそれは、単なる俺の浅はかな希望に過ぎないのかもしれない。
今理人さんを手放さなければ、俺はすべてを失うのかもしれない。
「それに兄貴に子供がいるんで、孫とかそういうのもとっくに問題じゃありません」
俺たちは大人だ。
好きという感情だけで突き進むことはできない。
自分たちが許しても、きっと周りが許してくれない。
社会が、家族が、友人が、許してくれない。
「もし友達が離れていったとしても、そいつらは本当の友達じゃなかった、ただそれだけのことです」
わかっている。
現実が時に恐ろしく残酷に牙を剥くことも。
それでも。
「俺は、理人さんの気持ちが知りたい」
それでも俺は、理人さんを諦めたくない。
「家族とか友達とか、世間体とか普通とか。そういうものを全部取っ払った時、最後に残る理人さんの気持ちが知りたいんです」
理人さんが、好きだから。
「理人さんは、俺としたいって思ってくれないんですか」
好きだから、したい。
「俺は、思ってます」
好きだから、繋がりたい。
「理人さんのこと、もっともっと知りたいです」
好きだから、知りたい。
「理人さんを、感じたいです」
好きだから、感じたい。
「セックスだって、理人さんだからしたいんです」
好きだから、ひとつになりたい。
「俺が傷付くのが怖いなら、俺は傷付いたりしません」
この先、どんなことがあったとしても。
「自分のことは自分で守ります」
どんなことを言われたとしても。
「理人さんを傷付けるものは、俺が全部壊します」
ずっと、一緒にいたい。
「俺、浮かれてました。ずっと好きだった人が自分の気持ちに応えてくれて、嬉しくて舞い上がってました。だから先のことなんて全然考えてなかった。いろんなこと、ひとりで悩ませてごめんなさい」
視界が、揺らぐ。
そこに閉じ込められた物の輪郭が、ぼやける。
理人さんを、除いて。
「これからはもう、ひとりだなんて言わないでください」
俺の世界に、理人さんだけが確かなものとして存在している。
「楽しいことも、嬉しいことも、辛いことも、怖いことも、傷付くことも。全部一緒に感じていきたい」
……ああ。
「好きです」
ああ、俺は。
「好きなんです、理人さん」
これほどまでに誰かを愛おしいと思ったことがあっただろうか。
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