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4ー3:午後9時の涙 (12)
理人さんの唇が、ぶるぶると震えた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔をくしゃりと歪ませて、大きくしゃくりあげて、嗚咽しかけて、それを堪えるように息を止めて、吐いた。
「……な、んだよ」
呼吸が乱れて、肩が上下に揺れる。
「なんなんだよ、もぉっ……」
両手が、縋るように俺のシャツを握りしめた。
「せっかく引き返すチャンスをやったのに……!」
引き返す?
何を言っているんだ、この人は。
思わず場違いな笑いがこみ上げてくる。
わかっているんだか、わかっていないんだか。
今さらそんなことできるわけがないのに。
「そんなのもう無理なくらいには理人さんが好きです」
隣にいる喜びを知ってしまったんだ。
触れ合う歓びを知ってしまったんだ。
それなのに。
今さら、背中を向けられるはずがない。
「理人さんは俺に引き返してほしいんですか?」
「っ」
「理人さん?」
「う」
「……」
「うっ、うっ」
「……」
「ほしくっ、ないっ」
「……よかった」
「う……っく……」
「理人さん」
「ふっ……ぅっ……」
「好きです」
「うっ、佐藤くっ……ふ、あっ、あっぁーー…っ」
理人さんは、俺にしがみついて、おいおいと声を上げて泣いた。
シャツに染み込んでいく涙が、とても、熱かった。
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