172 / 492

4ー3:午後9時の涙 (12)

理人さんの唇が、ぶるぶると震えた。 涙でぐちゃぐちゃになった顔をくしゃりと歪ませて、大きくしゃくりあげて、嗚咽しかけて、それを堪えるように息を止めて、吐いた。 「……な、んだよ」 呼吸が乱れて、肩が上下に揺れる。 「なんなんだよ、もぉっ……」 両手が、縋るように俺のシャツを握りしめた。 「せっかく引き返すチャンスをやったのに……!」 引き返す? 何を言っているんだ、この人は。 思わず場違いな笑いがこみ上げてくる。 わかっているんだか、わかっていないんだか。 今さらそんなことできるわけがないのに。 「そんなのもう無理なくらいには理人さんが好きです」 隣にいる喜びを知ってしまったんだ。 触れ合う歓びを知ってしまったんだ。 それなのに。 今さら、背中を向けられるはずがない。 「理人さんは俺に引き返してほしいんですか?」 「っ」 「理人さん?」 「う」 「……」 「うっ、うっ」 「……」 「ほしくっ、ないっ」 「……よかった」 「う……っく……」 「理人さん」 「ふっ……ぅっ……」 「好きです」 「うっ、佐藤くっ……ふ、あっ、あっぁーー…っ」 理人さんは、俺にしがみついて、おいおいと声を上げて泣いた。 シャツに染み込んでいく涙が、とても、熱かった。

ともだちにシェアしよう!