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4ー4:午後10時のハッピーバースデー (15)
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「……ん」
「あの、もしかして、今朝の 『探し物』ってこれですか?」
「あー、うん。合鍵なんて入居以来使ったことなかったから、部屋中探しまくった」
「そう、だったんですか」
「なに?」
「ローションかと思ってました」
「や、それはずっと引き出しに……っ」
言いかけた理人さんの顔が真っ赤に染まる。
そうか。
そうだったのか。
ずっと引き出しに……でも、なんでだろう。
そのことよりも、 合鍵 を探してくれてたってことの方が、何十倍も嬉しい。
トフィを指で摘んで、揺らしてみる。
ぷらぷらと揺れる黒い塊を見ていたら、ツン、と鼻の奥が痛んだ。
知らなかった。
好きな人とひとつになることが、こんなにも暖かいなんて。
知らなかった。
好きな人に受け入れられることが、こんなにも幸せなことだったなんて。
どうしよう。
俺の心臓はこれからちゃんとやっていけるんだろうか。
早々にギブアップして俺の身体の中から逃げ出していってしまうんじゃないだろうか。
理人さんと一緒にいると、俺のまわりは『はじめて』ばかりだ。
「理人さん、俺、嬉しいです」
「佐藤くん……」
「嬉しすぎて死にそう」
「なんだそれ?大げさだな」
「でももし俺が理人さんと別れてたらどうしてたんですか?」
「あー……その時は何事もなかったかのように押入れの奥にまた締まって……いや、いっそ捨ててたかも」
理人さんが柔らかな苦笑を漏らす。
――佐藤くんの大切な人たちを傷つけるくらいなら、俺はひとりがいい。
理人さんは、俺との関係のその先を考えてくれていた。
ローションを引き出しに忍ばせていたり、合鍵を探し出してくれたり。
それでも、俺から離れようとした。
あの時、俺が頷いていたら。
俺が、諦めていたら。
俺は理人さんの想いに気づかないまま、理人さんをひとりにしていた。
――ひとりになるのはものすごく怖い。
一緒にいたい。
ひとりにしないで。
そう、心で叫んでいた理人さんに気づかないまま。
「……よかった」
「え?」
「俺、理人さんを諦めなくてよかった」
溢れそうになる涙を見られたくなくて、理人さんを腕の中に閉じ込めた。
冷えた身体が、ふるりと震えた。
両腕がゆっくりと背中に回され、きつく、きつく、俺を抱きしめる。
「ありがとう……っ」
肩がしっとりと濡れていく。
その暖かさを感じながら、俺は、そっと目を閉じた。
fin
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