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閑話:午前10時のアクアリウム (5)

フードコートで軽くおなかを満たし、また海の世界へ戻る。 矢印に導かれるまま世界の海を巡っていると、不思議な空間に出た。 黒いカーテンで区切られた中を覗くと、すでに薄暗い館内よりもさらに闇が濃い。 「あ、ここ、クラゲコーナーですね」 「クラゲ?」 「去年の夏に新しくできたらしいですよ。見ますか?」 「うん、見たい!」 佐藤くんがちょっと笑ってから、カーテンを持ち上げてくれる。 そっと足を踏み入れて、でもすぐに動けなくなった。 足元が真っ暗で、なにも見えない。 自分の靴でさえ、行方が分からなかった。 佐藤くんの姿を求めて視線を上げると、突然現れた光に、目が眩んだ。 「……すごい」 「きれいですね」 「うん」 いくつも並ぶ円柱型の水槽の中で、鮮やかに輝くたくさんのクラゲがふよふよと漂っている。 濃い闇の中に浮かび上がるその光は、目が痛むほど強い。 ペンキをベタ塗りしたように真っ白なクラゲもいれば、向こう側が見えるほど透き通ったクラゲもいる。 うっすらと緑がかったクラゲは、ほかのクラゲに比べて動くのがものすごく速い。 色も形もまったく違うたくさんのクラゲがまるで夜空に輝く星のように光っていて、とても神秘的だった。 「クラゲって毒があるんだよな?」 「あ、俺、海で刺されたことありますよ」 「えっ、嘘」 「中学の時かな?家族で海行って遊んでたら、急に足に激痛が走って」 「うわ」 「見たら、真っ赤に腫れてて」 「あー……」 「とりあえず洗ったんですけど、海水だったんでものすごくしみるし、刺されたところがミミズ腫れみたいにな……」 「あ、いい。もういい」 「えっ?」 「今はまだクラゲに対する見方を変えたくない」 「なんですか、それ」 佐藤くんが、呆れたように笑う。 でもすぐに俺の後ろに視線を移した。 「あ、世界最小のクラゲだって」 「え、どこ?」 「うーん……どこ、ですかね」 佐藤くんとふたり、腰を折って水槽の中を見つめる。 でも、ただ奥の壁が水越しに見えるだけで、クラゲの気配はまったくない。 「全然見つからな……あ、いた!」 「どこ?どこ!?」 「あそこです、ほら!」 佐藤くんの指の先を追って目を凝らすけど、どこにも……あ、いた! 半透明の白い小さなクラゲが、一生懸命泳いでいた。 大きさはたぶん、1cmもないと思う。 想像していたよりもずっと、小さい。 「すごいな……」 「なにがですか?」 「このクラゲがここまで小さいのもすごいけど、ここまで小さいクラゲを見つけた人もすごい」 「プッ……理人さんって、人間も好きですよね」 「そうか?」 「はい」 楽しそうな佐藤くんの声が、耳のすぐ近くまでやってくる。 ちらりと横目で盗み見ると、ぼんやりと浮かび上がった佐藤くんの顔には淡い笑みが浮かんでいた。

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