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閑話:午前10時のアクアリウム (9)

「あー、パンツまでびっちょびちょ……うわっ!?」 玄関の扉をくぐって解こうとした手が、ぐんっと引っ張られる。 「ちょ、く、靴!」 転がるようについていきながら後ろを振り返ると、グレーの絨毯に黒い道ができている。 真っ暗なリビングにたどり着く前に、佐藤くんは左に曲がった。 脱衣所をそのまま通り抜けると、バスルームのガラス扉を押し開けて俺を放り込む。 そしてつんのめる俺の横をすり抜け、シャワーの栓を一気に捻った。 「つ、冷たっ!」 冷えていた身体に勢いよく冷水がかかり、さらに芯まで冷やされる感覚になる。 まるで滝行に耐える修行僧のように震えていると、佐藤くんの手が俺の襟口をひっつかんだ。 息を呑む間も与えられずに、身につけていたすべてのものを剥ぎ取られる。 佐藤くんは自分も全裸になると、ずっしりと重くなった服を端っこに放った。 「んっ、んっ……」 何度も角度を変えながら激しく口付けされ、息が苦しくなってくる。 空気を求めて喘いだ隙間に、ぬるりと舌が入ってきた。 追いかけ、追いかけられながら、熱い口内を貪り合う。 ようやく適温になったシャワーが、氷のように固まっていた身体をじわじわ解凍してくれる。 身体の緊張は解れていくのに、時折擦れ合うふたりのそれは、どんどん硬くなっていく。 弱すぎる刺激が歯がゆくて、気づいたら自分から腰を押し付けていた。 「はぁっ……理人さん」 もくもくと立ち上る湯気の向こうで、佐藤くんが野生的な情欲を隠さずに俺を見つめてくる。 「したい」 心臓が、ドクンと高鳴った。 見つめられているだけなのに、まるで、動けないよう呪文を唱えられてしまったようだ。 でも濡れた前髪の間から八の字になった眉毛が見えて、思わず笑ってしまいそうになった。 なんでそんなに情けない顔してんだよ。 俺の答えなんて、ひとつしかないだろ? 「……ん。俺も、したい」 瞬間、視界がぐるりと回転した。 足が滑りそうになって慌てて浴槽の縁を捕まえると、すぐに長い何かが俺の後ろに入ってきた。 「んんっ!」 「しっかりつかまっててください」 「あっ……あ、ふっ……うぅんっ……」 石けんでぬるぬるになった佐藤くんの指が、無遠慮に俺の中を侵してくる。 バラバラに動く太い指は内壁を優しく擦り、かと思ったら激しく掻き回しながら、出たり入ったりを繰り返す。 時折敏感なところを掠めては、俺の身体をのけぞらせる。 気持ちいい。 でも、だめだ。 足りない。 指なんかじゃ、全然足りない。 「佐藤く、んっ」 「はい……?」 「も、いいからっ」 「えっ、でもまだ全然慣らしてな……」 「いいからぁっ。もぉ、して……っ」 お尻の肉を掴み左右に拡げると、佐藤くんの喉仏がゆっくりと上下した。 浅い息をひとつ吐いて、昂ぶったそれを俺の後ろにそっとあてがう。 小刻みに震える佐藤くんの熱を感じて、身体が期待に揺れた。 自分が今どんな顔をしているかなんて、もうどうでもよかった。 だって今日は、朝からずっと佐藤くんが欲しかった。 欲しくてしょうがなかった。 痛くてもいい。 その痛みが、佐藤くんから与えられるものなら俺は―― 「あっ、あああっ!」 佐藤くんの大きなそれが、ずぶり、と中に入ってきた。 一気に奥の深いところまで貫かれ、目の前がチカチカする。 痛くはないけれど、メリメリと後ろを拡げられる感覚に息ができなくなる。 「理人さん、大丈夫……?」 「だいじょ、ぶ……あっ、あっ!」 佐藤くんが、唐突に抽送を開始する。 いつもより動きが速い。 呼吸がついていけなくて、ちゃんと酸素を取り込めているのかわからない。 肌と肌がぶつかる音が、湿気った空気の中にどんどん溶けていく。 ぐちゅぐちゅと泡立つ音が耳を犯し、頭の奥の方で羞恥心を刺激してくる。 視界がガクガク揺れ、その輪郭がどんどん曖昧になっていく。 膝が崩れ落ちそうになるのを、両手に力を込めて必死で支えた。 「んぁっ!」 腰を掴んでいた佐藤くんの手が、俺のそれをそっと包んだ。 ぎゅうっと強い力で握りこまれたかと思うと、ゆっくりと上下し始める。 さっきからずっとこれでもかと透明な雫を垂らしていたそれは、すぐに淫らな音を立て始める。 徐々に速くなる手の動きと一緒に、背中をゾクゾクとしたものが駆け上がってきた。 「あっ、だめだっ、そんなことされたら、もぉっ……ん、んんんっ!」 「くっ……う」 ビクビクと跳ねる身体を浴槽に預けながら、肌に押し付けられた佐藤くんの体温を感じていた。 震えながら俺の中に精を吐き出す佐藤くんが、たまらなく愛おしかった。

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