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裏閑話:午後2時の目撃者 (1)
すごいものを見てしまった……!
なんてことない、ありきたりな月曜日の朝。
いつも通り、なんとなくだるくて、なんとなく眠い。
テナント企業の始業時間までは、まだ1時間。
コンビニに立寄る人足は、かなりまばらだ。
窓の外を行き交う人や車を何とはなしに眺めながらレジを守っていると、ふと隣に人の気配が混じった。
「佐藤くん、おはよう」
「おはようございます、宮下さん」
「今日も早いね」
佐藤くんは、なにも言わずただ綺麗に微笑んでみせた。
自分のシフトまではまだ時計の針一周分の時間があるというのに、もうきっちり制服を着込んで働く気満々だ。
昨日までは、そんな彼のことを単なる『物好き』や『暇人』や『ワーカホリック』なんて言葉で片付けていた。
でも――
「昨日、イルカショー見た?」
「はい、見ました」
「どうだった?」
「……かわいかったです」
佐藤くんがなにもないはずの空中をじっと見てから、頬の筋肉をみっともなく緩めた。
どうしよう。
彼がなにを思い出したのか、一瞬でわかってしまった。
「あの、ね」
「はい?」
「実は私も2時のイルカショー見てたの」
「えっ……」
「友達がもう一回見たいって言い出したから滑り込みでね。あ、左下の方に佐藤くんいるなあって思って見てたんだけど……」
佐藤くんの表情が、みるみる強張っていく。
わたしは昨日、高校時代からの親友とふ頭水族館に行っていた。
特別な理由はなく、入場券をもらったから一緒に行こうと誘われたからだった。
そこで、偶然、佐藤くんに会った。
ふつうに、ああ水族館デートか、と思った。
友達の話だと言って相談してきた恋バナが佐藤くん自身の話だということはとっくに気付いていたし、最近はすごく機嫌が良かったから件の彼女とうまくいったんだな、と思っていた。
でも昨日、彼の隣にいたのは。
彼と、唇を合わせていたのは――
「佐藤くんと一緒にいたのって……カルボナーラの人、だよね?」
「宮下さん!」
痛いと感じた時には、大きな手がわたしの手首をしっかりと捕らえていた。
簡単にぐるりと一周してしまった長い指が、強く握りしめてくる。
咄嗟に身をよじると、佐藤くんがパッと手を離した。
「あ、ご、ごめんなさい!」
そして、しまった、と露骨に顔をしかめる。
私はじんじんする手首をさすりながら、堪えきれずに苦笑を漏らした。
シラ切って、否定すればよかったのに。
それができないのがきっと、佐藤くんの良いところなんだろうけど。
「言わないよ?」
「えっ」
「別に偏見とかないし、もしかしてそうなのかなって思ってた、し」
「そ、そうなんですか?」
「ふたり、急に仲良くなったでしょ。何かあったんだろうな、とは思ってた」
「……」
「でも……ああいうところでキスするのはやめた方がいいと思う」
佐藤くんの頬に、サッと赤が刺した。
右手で口元を押さえて、すみません、と謝る。
わたしは、また小さく笑った。
「佐藤くん」
「は、はい」
「なにかあったらいつでも言って」
「へ……?」
「話、聞くくらいならできるから」
「宮下さん……」
「お似合いだよ、ふたり」
「……ありがとうございます」
佐藤くんが表情を和らげて、スッと肩の力を抜いた。
大丈夫だよ、佐藤くん。
誰にも言わない。
さっき言ったことは、ほんと。
偏見なんてないし、それどころかわたしは――
「……あのう」
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