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5ー1:午後0時の乱 (3)

低い声が、俺たちの間を横切った。 理人さんが、大袈裟に肩を揺らす。 そして、ゼンマイの切れかけたブリキのおもちゃのように、不自然に首を動かした。 つられて俺も振り返ると、外から押し開けられた扉の隙間にやけに背の高い男が立っていた。 首には、もうすっかり見慣れたオレンジ色の社員証を下げている。 「航生(こうき)……?」 「あ、やっぱり理人じゃん!」 満面の笑みを浮かべながら近づいてくるその人を、理人さんは頬を強張らせて見つめていた。 どうしたんだろう。 理人さんが会社の人に声をかけられるのなんて日常茶飯事だし、特に見られて困るようなことを俺としていたわけでもない。 社員数の多い会社だから、そりゃあ中にはどうしても相入れない人もいるだろう。 でも理人さんは、決してそれを表に出したりはしないはずだ。 早足で床を蹴りながらやってきたその人は、どこか呆然としたままの理人さんを見下ろして、さらに笑みを深めた。 「お疲れさん」 「なんでここに……」 「あれ、やっぱメール見てない?俺、来月から本社(こっち)戻るんだけど」 「それは……見た」 「今日はその引き継ぎでさー……ってお前な、見たなら返事くらいよこせよ」 端正な顔をくしゃりと崩して苦笑すると、わしゃわしゃと理人さんの髪を乱す。 理人さんは、居心地悪そうに口をへの字に曲げながらもされるがままになっていた。 あれ。 なんだろう。 あまりに流れが自然すぎて違和感に気づくのに時間がかかったけれど、ただの同僚にしては、なにか……なにかが……なんというか。 ピイイイィィーーーッ! その時、それまでヴンヴンと唸っていた電子レンジが耳障りな音を奏でた。 「お待たせいたしました」 熱々のカルボナーラに箸とおしぼりを添えて袋に入れると、理人さんの手が届く前に力強い手がそれを奪い取った。 「プハッ!お前まーだカルボナーラばっか食ってんの?」 「うるさい。いいだろ、好きなんだから」 ほんのり頬を染めながら、理人さんが唇を尖らせる。 あれ。 なんだろう。 まただ。 また、違和感。 いつもの理人さんと雰囲気が違う。 いや、俺にとってはある意味これが『いつもの』理人さんなんだけれど。 でも、それはつまり、俺にだけ見せてくれる無防備な理人さんということで、つまりは、職場の人には絶対に見せない表情(かお)を今、理人さんはこの人に晒している。

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