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5ー1:午後0時の乱 (5)
その答えは、およそ3時間後、意外にも自分からフラリとやってきた。
なんとなく落ち着かない頭を整理したくて、宮下さんたちに先に休憩に入ってもらった。
レジカウンターの中でひとり佇みながら、ほとんど人の動きのない店内をただボーッと眺める。
ポケットのスマホは、あれから一度も震えていない。
でもそれは、いつものことだ。
こっちからなにか送らない限り理人さんはLIMEを開かないし、特に今日は忙しいと言っていたから、スマホを見る時間自体がないのかもしれない。
だから理人さんから連絡がなくても、別にそれは珍しいことじゃない。
でも、なぜだろう。
今日はやけに心がざわめく。
きっと、あんな光景を見せられたからだ。
理人さんを見下ろす瞳。
髪を乱す手。
くっついた額。
幼い子供のように拗ねて尖った理人さんの唇。
まるで以前からそこにあったかのように、俺の目の前であっという間に創り出されたふたりの世界。
そのすべてが、俺の脳裏にこびりついて消えてくれない。
目に見えないなにかにじわじわと首を絞められているような息苦しさを感じる。
ふと意識が飛びそうなって、咄嗟にぎゅっと目を閉じ、深く息を吸った。
肺からゆっくりと空気を吐き出しながらうっすらとまぶたを押し上げると、視界の端にイートインコーナーを横切る長い人影が見えた。
慌てて姿勢を正して、頭の中で接客モードのスイッチを押す。
「いらっしゃいま……せ」
「こんにちは」
思わず、息を止めた。
そこにいたのは、あの男だった。
理人さんのおでこをコツンした、謎の長身の男。
さっきは身につけていなかった黒縁の眼鏡をかけて、人好きのする爽やかな笑みを浮かべている。
カウンター越しに、俺と目線がまっすぐに重なった。
やっぱり背が高い。
その男は、真正面から俺を見据えたままにこりと笑った。
「カフェオレのL、ひとつください」
「……かしこまりました。180円です」
男が闇色のスーツのポケットから薄い財布を取り出すのを見届けてから、背を向ける。
カップをマシンにセットすると、すぐに控えめな音を立て始めた。
振り返ると、また視線がかち合った。
でもぶつかり合った視線が今度はすぐに逸らされ、まるで値踏みするように俺を上から下まで不躾に舐めまわす。
そして最後に下から上まで上がってきてもう一度俺の目を見ると、ようやくカウンターの上に野口英世が置かれ、長い指が、つい、と僅かに押し出した。
「千円お預かりしま……」
「お兄さんひとり?」
「えっ?」
「ほかの店員さんいないの?」
「あ、はい。今の時間帯は……」
「んじゃ、ちょうどいいな」
急に砕けた口調に戸惑いながら男を見ると、鋭い視線が俺を射抜いた。
「君さ、理人のなに?」
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