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5ー1:午後0時の乱 (6)

な、んだって? 「セフレ?ではないか。あいつそういうの嫌がるしなあ」 「なんの話ですか……?」 「アハッ、しらばっくれる?あ、そっか。理人のためか。大丈夫大丈夫。あいつがゲイなのは昔から知ってるから」 努めて平静を装って絞り出した俺の声は、掠れていた。 それをかき消すように、低い声が嘲笑う。 わざとらしいヘラヘラした口調と笑顔に、虫酸が走った。 そうか。 この男は、俺と理人さんの関係に気付いているのか。 それなら俺にはもう、隠す理由はない。 「なんでわかったんですか」 「そりゃわかるでしょ。理人がお兄さんのことあんな目で見てんだから」 「あんな目?」 「君のことが好きで好きでたまんねえ!って目」 「え……」 「昔、俺に向けてきてたのと同じ(やつ)」 不自然な弧を描いていた男の口が、真一文字を描いた。 緩んでいた頬を引き締め、ギラギラと挑戦的な瞳で俺を睨んでくる。 急に負の感情をぶつけられて、思わず喉仏が動いた。 それを見て、男がにやりと口の端を上げる。 まるで、してやったり、とでも言うように。 「お兄さん、名前は?」 「……佐藤、です」 「それは名札見ればわかる。下の名前は?」 「英瑠です」 「へえ……」 男は、僅かに片眉をあげた。 そして、俺から視線を外さないままジャケットの内ポケットを探り、小さな紙切れを取り出す。 俺は、見覚えのある橙色のロゴが目立つ長方形のそれを見下ろした。 規則正しく並ぶ文字を、ただ漠然と視界に入れる。 そのまま手を出さずにいると、男がフンと鼻を鳴らして名刺をカウンターに置いた。 「木瀬(きせ)航生(こうき)。2月から理人の隣の課の課長に就任予定」 「そうですか」 だからなんだよ。 おめでとうございます。 本社の課長なんて栄転ですね、とでも言ってほしいのか。 すごいですね。 参りました。 そう、言ってほしいのか。 「お兄さん、今夜あいつとなんか約束してたりする?」 「……」 「してるんだ。そりゃいいや」 男――木瀬航生が、今度は黒く光るスマートフォンを取り出し、慣れた手つきで操作し始める。 左手で黒い短髪をかき上げながら、右手の親指を素早く動かした。 「今日さ、フライング歓迎会なんだよ、俺の。ま、要はただの飲み会だから、理人は不参加らしいんだけど」 「酒飲めないからでしょ」 「プハッ!なに、その露骨な感じ?そんなの知ってるっつーの」 「……」 「でもだよ?ここで俺が『理人が行かないなら俺も行かねえ』って言ったらどうなると思う?」 「……は?」 「ほら」 木瀬がスマホを手の中でひっくり返し、やたら眩しい画面を俺に向けてくる。 『今夜のやつ、理人が行かないなら俺も行かない』 まるで小学生が作ったような文面がそこに映し出されていた。 それはショートメールで、画面の一番上には『まさと』と表示されている。 メッセージはすでに送信済みになっていた。 「理人、君との予定を優先してくれるといいな」 なに、言ってんだ。 なに言ってんだ、こいつ! 唇が、わなわな震えた。 カウンター越しでなければ、木瀬の顔を殴り飛ばしていたかもしれない。 拳にもの言わせてでも、その勝ち誇ったような笑みを視界から消したかった。 「そろそろコーヒーとお釣り、ほしいんだけど?」 「……お待たせしました」 「どーも!」 元の緩んだ表情で俺をイラつかせながら、木瀬がぬるいカフェオレの入ったカップを受け取る。 続けて俺が小銭を差し出すと、反対側の手を差し出しかけて、でもその手は途中でスマホを拾い上げた。 喉の奥の方で低く笑い、慈しむように目を細めて画面を見つめる。 また親指を何度か素早く動かすと、木瀬はようやくスマホをポケットにしまった。 「佐藤くん」 「……」 「悪いけど、理人は返してもらうよ」

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