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5ー1:午後0時の乱 (12)

「やっぱり大きいな……」 「えっ?」 深くなるばかりの思考の森に迷い込んでいた俺は、ふとした呟きに我に返った。 理人さんの唇が、またへの字を描いている。 「袖、長い」 持ち上げられた理人さんの左手は、半分以上が隠れていた。 心臓の鼓動がふいに速くなる。 理人さんが俺のスウェットを着ているだけでも十分刺激的なのに、それがまたダボダボだから、見ているとなんだかソワソワした。 「着心地悪いですか?」 「そうじゃないけど……なんか、悔しい」 「しょうがないでしょ。理人さん細いんだし」 「……むかつく」 「プッ」 「むかつく!」 理人さんは尖った唇を携えた顔を背けて、トン、と頭をテーブルに預けた。 拗ねちゃったのか。 かわいい。 腕を伸ばして、微かに湿った髪をかき混ぜる。 理人さんは一瞬ピクリと肩をいからせて、でもされるがままになっていた。 あの男も、こうして理人さんの頭を撫でていた。 まるでそうするのが当たり前だというように。 ズボンのポケットに手を突っ込むと、くしゃ、と紙が擦れる。 あの男の名刺だ。 見ているのもイライラして、だからってそのまま捨ててしまうのもなんだか負けのような気がして、結局持って帰ってきてしまった。 知りたいことがあったら聞けよ。 佐藤くんにならなんでも教えるよ。 以前、理人さんは俺にそう言ってくれた。 聞いてもいいだろうか。 でももし、理人さんの答えが俺の望むものと違ったら? 今でもあの男が好きだと言われたら? 俺には、あなたの幸せのためなら、と物分かりの良いフリをして身を引くことなんてできない。 するつもりもない。 それならいっそ、あの男のことなんて知らないふりをして今まで通り過ごしていけばいいんじゃないだろうか。 でも、理人さんは来月から毎日あいつと顔を合わせる。 それを知っていて、俺は『いつもどおり』を演じることができるだろうか。 なにもなかったフリを続けていけるだろうか。 ――悪いけど、理人は返してもらうよ。 あんな宣戦布告までされたのに。

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