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5-2:午後7時の別離 (2)
俺の『戦場』が、荒れされている。
「温めますか?」
「お願いします」
「そういえば、今日はなに食べたいですか?」
「うーん……あ!クレ――」
「まーさと!」
ふわふわと漂っていた穏やかな空気を、極端に明るい声が無遠慮に切り裂いた。
「お疲れさん!」
まるで飛び跳ねるように近づいてきた木瀬が、そのままの勢いで理人さんの肩に腕を回す。
理人さんは、う、と喉の奥で苦しげに呻いて、右肩に乗った木瀬の顔を冷たい瞳で見下ろした。
「お疲れ様です、木瀬課長……」
「佐藤くんも、お疲れ!」
「……お疲れ様です」
爽やかだ。
笑顔が気持ち悪いくらいに爽やかで、俺の神経を激しく逆撫でしてくる。
「まーたカルボナーラ?」
「いいだろ別に。航生は?」
「もう食ってきた。瓦蕎麦」
「瓦蕎麦……?」
途端に、理人さんが目を輝かせる。
きっと今、理人さんの頭の中では想像を絶する食べ物が創り出されているに違いない。
「瓦で作った蕎麦、じゃねえからな。熱々の瓦の上で焼く蕎麦」
「あ、なんだ。焼きそばか……」
「プハッ!」
木瀬に遠慮なく笑われて、理人さんが唇を尖らせた。
そんな理人さんの髪を荒々しく乱してから、木瀬がふと身体を屈める。
「あれ?お前、体調悪い?」
「え?いや別に……なんで?」
「左目の二重が濃くなってる」
「……そうか?」
「そういう時いつも熱出すだろ。気をつけろよ」
「……ん」
まただ。
また、おでこでおでこをコッツンコ。
そんなの、俺と兄貴だってもう10年以上していないと思う。
それを30すぎたオッサンが……ああ、いや、理人さんはオッサンじゃない。
……だめだ。
イライラする。
木瀬の視線が、理人さんじゃなくて俺に向けられているからだ。
お前はそんなこと知らなかっただろ。
そう言いたいのか……?
「……お待たせいたしました」
ほかほかに温まったカルボナーラを袋に詰めて、お箸とおしぼりを乗せる。
理人さんが手を出す前に、木瀬の手が薄茶色の袋を持ち上げた。
「なあ、理人」
「なんですか、木瀬課長」
「アハッ!さっきからなんなのそれ?」
「けじめだろ」
「なんの?」
カルボナーラの袋を理人さんに手渡しながら、木瀬がおもしろそうに理人さんを覗き込む。
だから……近い。
こいつのこの距離感のなさは、いったいなんなんだ。
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