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5-2:午後7時の別離 (7)
2905室の扉は、いつもどおり無機質な佇まいで俺を迎えてくれた。
ポケットの合鍵に反応して、きっともうセキュリティは解除されているはずだ。
それでもいきなり入るのが躊躇われて、俺はインターフォンに手を伸ばした。
ピンポン。
高い音がしてからたった数秒で、内側から扉が開いた。
「佐藤くん!」
満面の笑顔が、目にしみる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「合鍵持ってんだから普通に入って来ればいいのに」
「……理人さんに迎えてほしくて」
「ふぅん?」
はにかんだように、理人さんが微笑む。
違う。
本当は、部屋の中にあいつの痕跡を見つけてしまいそうで怖かった。
あいつと、理人さんの〝痕跡〟を。
「急に予定変更してごめんな?」
「……いえ」
理人さんの背中も、まだ紺色のままだ。
「アイス、買ってきました」
「ほんとに?バニラ?」
「はい」
「ありがとう!」
中身を確認して、でかいのだ、ともう一度喜んでみせ、いそいそとキッチンに向かう。
スキップするように上下する理人さんの背中を追いかけながら、鼻腔をくすぐる不思議な香りに首をかしげた。
「なんかチーズのにおいがする……」
「あ、ごめん。先に食べてた」
「えっ」
「早めに薬飲んでおきたくて」
「薬……?」
理人さんは、視線でチラリと右側を示した。
その先を追いかけて、俺は、呼吸を止めた。
リビングのテーブルの上に、食べかけのカルボナーラが、2皿。
まさか、理人さんが作れるわけがない。
だとしたらこれを作ったのは――あいつ。
「……なんで」
「ん?」
「なんで、木瀬、さんが」
「あ、下で会ったか?今日はあいつの運転だったからな。今飲み物調達に出てくれたところ。いいっって言ったんだけどな」
俺には一度もリクエストされたなかったカルボナーラ。
週3で食べているから、夜は食べたくないんだと思っていた。
でも……そうか。
木瀬だけが、作るのを許されていたんだ。
「腹減ってるだろ?佐藤くんの分もあるから、今あっためて……」
「好きなんですか」
「えっ?」
「木瀬さんのこと、今でも好きなんですか?」
「佐藤くん……?」
「もう、俺は要らないんですか?」
理人さんの目が、大きく見開かれる。
その瞬間、俺は理人さんの後頭部に手を回していた。
遠くの方で、ガサッとなにかが落ちる音がする。
「んっ、ふぅんっ」
強く押し付けた唇が、とても熱い。
「だ、だめだ!」
絡みかけた舌を引き抜き、理人さんが俺の身体を強く押し返す。
「今日はキスは……だめだ」
どうして。
どうしてどうしてどうして。
「キスじゃなきゃ、いいんですね?」
俺の中で、プツン、となにかが切れる音が聞こえた。
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