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5-2:午後7時の別離 (9)

果てたペニスを引き抜くと、理人さんの身体がぶるっと震えた。 赤く腫れ上がった穴から俺の醜い欲がドロリと溢れ出して、理人さんの脚を汚す。 「はぁっ……はぁっ……」 そっと解放した手首には、手の跡がうっすらと残っていた。 「うっ……くっ……ひっ……」 膝から崩れ落ちた理人さんの身体が不規則に上下するのを、ただ見下ろす。 不思議だ。 なんの感情も沸かない。 今、俺はどんな顔をしているんだろう。 わからない。 「俺……なに、したの……?」 「え……?」 「佐藤くんが、こんなに怒るなんて……」 「……」 「俺が、なにか、したんだろ……?」 「……」 「俺、なに、したの……?」 「なに、って――」 掠れた声で絞り出される問いに応えようとして、俺は、愕然とした。 ――俺が、なにかしたんだろ……? 違う。 理人さんじゃない。 理人さんは、なにもしていない。 していたのはあの男――木瀬航生だ。 あいつが、俺と理人さんの間に割って入ってきた。 あいつが、俺と理人さんの間をかき回した。 あいつが……いや。 違う。 それも違う。 あいつじゃない。 俺だ。 俺が、嫉妬して。 俺が、イライラして。 俺が、理人さんを――犯した。 理人さんじゃない。 木瀬じゃない。 俺だ。 全部。 ――あなたの感じてる顔なんか見たくない。 俺が、やった。 「……っ」 「佐藤くん……?」 おずおずと伸ばされた理人さんの手を、強く振り払った。 涙で濡れた瞳が、また大きくなる。 その視線に捕まりたくなくて、俺は一歩後ずさった。 ズクンズクンと脈打ち始める眉間を左手で抑え、右手でズボンのポケットを探る。 指先に当たるその硬い感覚を確かめ、ゆっくりと取り出し、理人さんの目の前にぶら下げた。 「これ……返します」 笑顔のトフィが左右に揺れる。 「俺、もう理人さんと一緒にいられません」 「な、んで……」 「だから、返します」 「……」 「もうここには、来ない」 見上げる理人さんと、見下ろす俺。 視線が交わり、目の奥が痺れる。 理人さんの唇が、ふるり、と震えた。 「……受け取らない」 「……」 「俺は受け取らない!」 「それなら、テーブルに置いておきます」 「っ……でだよ」 「……」 「なんでだよ!」 「……」 「一生離れないって言っただろ!」 「……」 「うそつき……!」 脳の裏側が、カッと熱くなった。 「うそつきはあんただろ!」 「っ」 「俺のこと好きだって言いながら、木瀬さんのことが忘れられないくせに!」 「木瀬?……航生?なに、言って……」 「俺、理人さんと一緒にいるとおかしくなるんですよ!」 好きなのに。 「理人さんのこと好きで、大切にしたいのに……」 傷付けたくなんかなかったのに。 「あの人に返すくらいなら、何やってでも俺を理人さんの記憶に刻み込みたいと思った」 どうせ愛してもらえないなら、いっそ嫌われてもいいと思った。 どんな形でも理人さんの中に俺の存在を留めておけるなら、それでいい……と。 「こんな自分がいたなんて、知らなかった……」 それに、知りたくもなかった。 「これ以上、理人さんを傷つけたくない。でも……傷つけない自信もない」 理人さんの中にあいつがいる限り、俺はきっとまた―― 「ごめんなさい。今まで……ありがとうございました」 トフィとトフィが守る黒い鍵を、そっとカウンターに置く。 コトン、と小さな音がした。 呆然と座り込んだままの理人さんに、ゆっくりと背を向ける。 「……さとう、くん?」 玄関を出る寸前で、呟きがが俺の背中を追いかけてくる。 「佐藤く……あっ!」 ドサっと音がして、カーペットが擦れる音がする。 「佐藤くん!」 もう、だめなんです。 「佐藤くん佐藤くん佐藤くん!」 俺には。 「いやだ!」 俺には、もう。 「おいていかないで!」 あなたを、抱きしめる資格はない。 「おれを、ひとりにしないで……っ」 扉越しに理人さんの嗚咽が聞こえて、溢れそうになる声を手で必死に抑える。 「ごめんなさい、理人さん……」 俺の頬を冷たい涙がひと筋伝い、そして、落ちた。

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