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5-3:午後10時の解氷 (10)
「お、おはようございまーす……」
のそのそと姿を現した俺を見て、理人さんはこれでもかと目を見開き、木瀬さんは得意げに目を細めた。
「佐藤くん!?」
「やっぱり君だったか」
「盗み聞くつもりはなかったんですけど……」
チラリと理人さんを見やると、勢いよく視線を逸らされた。
首から耳まで、見えている部分が全部真っ赤だ。
そんな理人さんをじっと見て、木瀬さんがニヤリと口の端を上げる。
そしてその長い腕で理人さんの肩を抱くと、自分の方に引き寄せた。
「佐藤英瑠!」
理人さんがビクリと肩を揺らす。
「よく覚えとけよ?俺は毎日こいつの半径5m以内の場所にいる。少しでも傷付けたり泣かせたりしたら、すぐに取り戻しにくるからな!」
「ちょ、こ、航生!」
「大丈夫です。そんなことには絶対になりません」
「佐藤くん……?」
「俺、理人さんと幸せになります!」
四つの瞳が、俺をとらえた。
「……」
「……」
「………」
「………」
「…………」
「…………」
そして、たっぷりの間――の、のち。
「っ!」
「プハッ!」
理人さんの顔が燃え上がり、木瀬さんの身体が二つに折れた。
「アッハハハハハ!」
ヒーヒー言いながら、木瀬さんが理人さんの肩をバシバシ叩く。
「な、なんなの佐藤くん!君、最高なんだけど!」
「俺は本気です」
「ブハッ!な、なんだよそれ!プロポーズ!?」
「えっ、プ、プロポーズ!?」
「まさかの自覚なしかよ!アッハハハハ!」
木瀬さんの高らかな笑い声が、朝の澄んだ空を昇っていく。
理人さんは木瀬さんにこれでもかと肩を叩かれながら、ゆでだこのように真っ赤になってただ固まっていた。
「アッハハ……ハァ、笑った笑った!ふぅ……理人」
「……」
「まーさと!」
「え?あ、な、なに?」
「プハッ!顔、真っ赤!熱ぶり返したんじゃねえの?」
「えっ!?あ、ちが、いや、その、……だ、大丈夫……」
「アハッ、ならいいけどな?」
理人さんを見下ろす木瀬さんの瞳が、穏やかなものに変わる。
「風邪、月曜までに治しとけよ?」
「……うん」
「理人」
「ん?」
「……」
「航生……?」
木瀬さんは、それ以上何も言わなかった。
ただもう一度理人さんの髪を乱し、俺にかすめるだけの視線を寄越すと、くるりと背を向けて去っていった。
その真っすぐな後ろ姿が、とてもかっこよかった。
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