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閑話:午後7時のジェラシー (4)
スマートフォンを握りしめたまま動けずにいると、ふと車のエンジン音が聞こえ、一台のタクシーが角を曲がってきた。
ゆっくりとスピードを落とした車体が止まると同時に、後部座席の扉が勢いよく開け放たれる。
窮屈そうにそこから降りてきたのは、身体の大きな男だった。
今のこの場所には不釣り合いな、黒いタキシードに身を包んでいる。
その男は、綺麗に撫でつけられた髪を手でくしゃりと乱してから、車内を覗き込んだ。
「ありがとうございました。お釣り、いいです」
あ!
この、甘い声は、
「佐藤く――」
「瑠加 !」
呼びかけた声は、硬い声に途中で遮られた。
「ん〜?」
「ちゃんと歩けって!重いんだから!」
佐藤くんの腕にぶらさがるように、女性が出てきた。
ぐらぐらと不安定に揺れる身体を、佐藤くんが支えている。
その女性は、着飾っていた。
ふわふわの白いショールに、ブラウンのシンプルなドレス。
アップにした髪は、上品に光るヘアピンでまとめられている。
どう見ても、仕事帰り……じゃあない。
ふたりは、腕を絡めながらゆっくりと階段を上っていった。
時折、佐藤くんが彼女の耳元になにかを囁いている。
距離が近い。
タキシードを着た佐藤くんと、ドレスを着た女の子。
すごく……お似合いだ。
ふたりは、どこか雰囲気も似ている。
所謂、美男美女だ。
誰もが羨む理想のふたり。
いや。
佐藤くんなら、きっと嫉妬や妬みも跳ねつけてしまうだろう。
気がついたら俺は、ふたりが吸い込まれていった302号室の扉の前に立っていた。
いったい俺は、なにをやってるんだ。
乗り込むつもりか?
まさか。
そんなこと、できるわけない。
できるわけない、のに。
その時――
ピヨピヨピヨ。
俺の手の中で、ヒヨコが鳴いた。
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