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閑話:午後7時のジェラシー (9)

それから立て続けに二ラウンド……って、そんなの聞いてない! 俺はもはや抵抗する気力すら失い、不気味な笑みを浮かべた佐藤くんに後処理まで施され、気だるい身体をベッドに沈みこませてていた。 火照った素肌に冷えた布団が気持ちいい。 明日はきっと筋肉痛だ。 これまでなったことのないような場所が筋肉痛になって、身体を動かす度に今夜のことを思い出していたたまれなくなるんだ。 それもこれも、全部佐藤くんのせい! ギリギリと奥歯を擦り合わせながらありったけの恨み辛みをぶつけてやろうと思っても、背中を行ったり来たりする佐藤くんの手があまりに優しくて、尖っていた気持ちがあっという間に丸くなってしまう。 本当に、どうかしている。 壁の向こうで人が……よりにもよって、佐藤くんのお姉さんが寝ているというのに、なにも我慢できなかった。 溢れる声も、求める視線も、滴る雫も、全部。 やめて。 いやだ。 そういう類のことは、言ったと思う。 でも、説得力なんて欠片も乗せられなかった。 ……悔しい。 ものすごく悔しい! 腹いせに力いっぱい抱きしめると、佐藤くんの腹筋がヒクつく。 「……なに、笑ってんだよ」 「理人さんがかわいくて」 「……」 「土曜日なのに会社行っちゃうくらい、俺に会いたかったんだ?」 掘り返すのか、そこを。 あえてのそこを! 「しょうがないだろ……暇、だったんだ」 「プッ」 佐藤くんがくつくつと笑う。 その引き締まったお腹にくっついていた俺の顔が僅かに跳ねた。 臆病になった、と自分でも思う。 そばにいると安心する。 そう思っていたのに、それがあっという間に『そばにいないと不安になる』に変わってしまった。 佐藤くんのことを考えると、まるで初めての恋に戸惑う少年のような気持ちになってしまう。 もう三十路だというのに。 「ああもう……またシたくなってきた」 「えっ!も、もう無理だからな?」 「わかってます。でも、理人さんがかわいすぎるから」 「かわいいって……どこがだよ、こんなオッサン」 「すぐ泣いちゃうところとか、思い込み激しいところか、嫉妬しちゃうところか、あり得ないくらいエロいところか」 「……」 「しかもそれが全部俺の前だけの姿だから……たまらなく、かわいい」 佐藤くんの柔らかい唇が、額に押し付けられる。 そのまま頭ごと抱きしめられると、トクトクと穏やかな鼓動が頭蓋を心地よく震わせた。 「理人さん、眠い……?」 「ん、んー……大丈夫」 「眠っていいですよ」 「でも、シャワー……」 「明日の朝、一緒に浴びましょ」 「……ん」 一緒にシャワーなんて、本当はいやだ。 明るいし、見えるし、見られるし、そんなの……恥ずかしてたまらない。 それなのに、佐藤くんに言われるとつい頷いてしまう。 「理人さん」 「ん……?」 「不安にさせて、ごめんなさい」 「……」 「でも、信じて。俺は一生、理人さんと一緒にいます」 「……」 「理人さんとしか、一緒にいません」 「……そんなの」 「え?」 「そんな、の……」 〝一生〟なんて、そんなのただの言葉でしかない。 どれだけ甘い言葉を囁き合ったって、どれだけ約束したって、壊れる時は壊れる。 俺は、無闇矢鱈に永遠の愛を信じるほど純粋じゃない。 それでも、不思議だ。 佐藤くんがそう言うなら、そんなものが本当にある気がしてしまう。 永遠(とわ)の誓い。 そんなおとぎ話のような、甘いものが本当にあるような、気が―― 「理人さん?寝ちゃいました……?」 「ん、ん……」 あー……だめだ。 まぶたの重みに逆らえない。 「今度……」 「はい?」 「佐藤くんの、ピアノ……」 ――聴かせて。 遠ざかる意識の淵で呟いた言葉は、佐藤くんに届いただろうか。 「おやすみなさい、理人さん……」 耳に直接注がれた心地よい囁きに(いざな)われ、俺は、深い眠りに落ちていった。 fin

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