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閑話:午後7時のジェラシー (10)

おまけ! 今日は友達と約束があるから始発で帰る。 そう宣言し夜明けとともに起き出してテキパキと帰る準備を整えた姉を、俺は尊敬の眼差しで見つめた。 昨夜あれだけベロンベロンになって、あまつさえ初対面の理人さんに突撃抱っこダイブしていた女と同一人物とは思えない。 着替えずにそのまま寝てしまったせいでせっかくのドレスが着古した感じになってしまっているけれど、この時間ならまだ人通りも少ないし、いても気にはしないだろう。 「忘れ物は?」 「ない。はず!」 差し出し茶色の小さなバッグひったくるように受け取り、ヒールの高いベージュのパンプスに足を入れる。 しまった、浮腫んでる。 そんなことを言いながら、瑠加は隣にきちんと揃えて置かれている紺色の靴を不思議そうに見下ろした。 「あれ?こんなスニーカー持ってたっけ?」 「ああ、友達の」 「ふーん?」 お邪魔さま。 そう言って、踵を返しかけた瑠加が俺を振り返る。 「あ、英瑠」 「なに?」 「昨日ここにすっごくかっこいいイケメン来なかった?」 「誰も来てないよ」 「なーんだ、やっぱり夢かあ……」 瑠加は残念そうに言い残して、去っていった。 扉の隙間からその背中が角を曲がるのを見送って、内側から鍵をかける。 足音を忍ばせ自室に戻ると、山型になった布団の中に穏やかな寝息を立てる愛しい人の姿があった。 こっそり隣に忍び込むと、理人さんが俺に身体を擦り寄せてくる。 自分の口元がだらしなく緩むのを感じた。 かわいい。 無意識に俺の熱を探して引っ付いてくるのがたまらない。 そっと頬を撫でると、理人さんの眉間に僅かな皺が寄った。 いずれは、話したいと思う。 理人さんのこと、家族にはちゃんと話しておきたい。 いや、話さなければならい。 理人さんと一緒に生きていくために。 きっと、みんなが理人さんを好きになる。 瑠加とは昔からいろんな物の好みが似ているし、昨日の反応を見ても取り合いになるかもしれない。 賑やかになると思う。 今よりもっと、楽しくなると思う。 でも。 今はまだ、もうちょっと。 ふたりだけのこの時を、ただ大切にしたいから。 「俺の夢、見てくださいね」 微かに身動ぐ大好きな人を腕の中に閉じ込めて、俺もまた二度目の眠りへと落ちていった。 fin

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