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閑話:午後5時のノスタルジー (7)

ズズズズ、と淹れたての緑茶を啜る音がすぐ左側から聞こえる。 ふわふわと定まらない意識の奥の方で、確か今日は映画に誘おうかと思ってたな、なんて遠い朝の記憶が蘇った。 時間的にはまだ全然大丈夫だけど、なんだかもういろいろめんどくさくなってしまった。 きっと話を振れば佐藤くんは大喜びしてくれるんだろうけど、制服を着て出かけようとか言い出しそうで怖い。 さらにその提案に俺が最終的に頷いてしまいそうで、もっと怖い。 うん、映画は来週にしよう。 「……いったいなんだったんだよ」 「なにがですか?」 「神崎先輩、ってやつ」 「せっかくだから制服を活かしてみようかと思ったんですけど……あれ、燃えなかった?」 「や、別に燃えてない……」 「ええ〜っ!」 「……でも」 「え?」 「学ラン姿は、ちょっと……良かった」 佐藤くんが、ポカンと口を開けて俺を見た。 でもすぐにその丸い瞳が輝き始め、唇がぎゅむっと押しつぶされる。 気がついたら、俺はあっという間に佐藤くんの腕の中に閉じ込められていた。 「すぐ脱いじゃったのもったいなかったなあ。もう一回着てみませんか?」 「……絶対やだ」 「プッ、わかってます」 佐藤くんは軽く笑ってもう一度俺の唇を奪うと、ソファに座り直した。 「あの、さ」 「はい?」 「その……俺は、航生と出会ったことを後悔してないし、好きになったことも後悔してないし、付き合ったことも、別れたことも、後悔してない。だからもしできたとしても、航生に関する過去を消したいとは、思わないと思う」 「理人さん……?」 「でもそれはこの先航生となにかあるとか、あってほしいと願ってるわけじゃなくて、あの時のことがなかったら今の俺はいないと思ってるからだ」 「あの……」 「いろいろあって今の俺になったけど、その今の俺の隣にいてくれるのが佐藤くんで、俺は嬉しいんだ」 「理人さ……」 「俺が一緒にいたいのは、今もこれからもずっと、佐藤くんだから。それは、信じてほしい」 「理人さん」 「だから、その、航生のことを気にするなっていうのは無理かもしれないけど――」 「理人さん!」 「ん?……ん?」 「大丈夫です。木瀬さんに嫉妬してません」 「えっ……」 「ああ、違うな。正確には、ものすごく嫉妬してたけど、もうしてません。おさまりました」 「おさまった……?」 「はい」

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