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閑話:午後8時のデリカシー (2)
俺の記憶が確かなら、今日は先週俺が宣言した通り佐藤くんと一緒に映画を観に出かけて、でも特に見るものを決めていなかったからちょうどいい時間のタイトルを選んだらそれがよりによって俺の苦手なゾンビもので、ゾンビがキッシャアアァァ!って画面に現れたり、主人公の親友がいつの間にかゾンビに噛まれていて普通に話していた次の瞬間ガルルウウルララァッ!って襲いかかってくるたびにビクビクドキドキしていたら、佐藤くんに思い切り笑われて、映画館を出てからも横断歩道で止まるたびに思い出し笑いされて、恥ずかしくて恥ずかしくて思わず、もう帰る!なんて拗ねたら、ごめんごめんとそのままタンポポの綿毛を捕まえられそうなくらい優しく頭を撫でられて、そんな手には絆されないぞと思っていたのに絶妙なタイミングで俺の腹が鳴って、またひとしきり笑われて撫でられてから「新しくできたとこ行ってみませんか?」と誘われるがままにここに着いた時には、確かに俺たちはふたりきりだった。
当たり前だ。
デートなんだから。
でも偶然ここにいたらしい航生にあっさりと出くわしてしまい、さらに断りもなくふたり分余っていた座布団のひとつを陣取られた時、俺たちはドリンクの注文を終えてようやく突き出しにぽつぽつと箸をつけ始めたばかりの頃で、お酒を飲めない俺はもちろん、佐藤くんもまだ素面だった。
対する航生は世間一般で言うところの『もうできあがってる』状態で、俺は航生が公共の場で酔うなんて珍しいな、なんて思いながらもデートなんだから邪魔するなとかなんとか言いながら航生を追い出そうとして、でも佐藤くんが気を遣って「せっかくだから一緒に食べますか」なんて言ってしまったものだから航生はすでに垂れていた目尻をますます垂らしたし、俺は、今カレと元カレに挟まれて食事するという奇妙で気まずすぎる状況に直面することになった。
佐藤くんと航生が楽しそうに言葉を交わす様子は俺には滑稽に映ったし、どこかハラハラする場面でもあったけど、恋人のことを親友に認めてもらえたような感覚にもなって嬉しさも感じた。
だから、盛り上がるふたりの前でなんとなく蚊帳の外になっていても、大好きなたこわさをツマミに濃いめのカルピスを味わうくらいの余裕があった。
航生が俺をネタに佐藤くんに絡み始めるまでは。
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