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閑話:午後8時のデリカシー (3)
「冗談抜きで!そっちの方どうなの?」
「なんで木瀬さんにそんな話しなきゃいけないんですか……」
それに聞き方がただのエロオヤジじゃないですか、と佐藤くんが心底嫌そうな表情で航生を睨む。
俺もそれに倣うと、航生は頬杖をついて唇を歪ませた。
「だってさー。理人って淡白じゃん?」
「は?」
「え?」
「俺と付き合ってた時も週一あるかないかだったし、自分からは絶対誘ってこなかったしさー」
「えっ?」
「えっ?」
「元彼としてはその辺心配なんだよ」
「……」
「……」
「エッチだけの関係ってのは問題外だけどさ。やっぱそういうのってお互いに大事……なんだよ、ふたりとも急に黙って」
「……」
「……」
「なにこの沈黙?」
「なに、じゃないだろ!航生おまえ、佐藤くんの前でなんて話を――」
突然、ゴクゴクゴクゴクゴク……と喉が鳴る大きな音が繰り返し聞こえた。
生ビールのジョッキを手にした佐藤くんが、表面張力よありがとうと言いたくなるくらい限界いっぱいまで注がれていた黄金色の液体をすごい勢いで飲んでいる。
思わず呆気に取られて見つめていると、あっという間に空になったジョッキを佐藤くんが乱暴にテーブルに置いた。
ドン、と響いた低い音に身体が小さく跳ねる。
「……ぷ、っは」
「さ、佐藤くん……?」
佐藤くんは鋭い瞳で俺の姿を一瞥したあと、航生を見た。
そして顔全体を使って不気味なほど綺麗に微笑 う……と。
「確かにものすごく性欲が強いわけじゃないですけど、いったん始まっちゃえばすっごく乱れてくれますよ?」
「え、嘘!」
「ちょ、さ、佐藤くん!?」
「初めてシた時なんて自分から俺の上に乗っかってきたし」
「マジで!」
「お、おいっ……」
「バレンタインの時も、オモチャじゃなくて佐藤くんのでイきたい!なんて言ってくれちゃうし」
「うっわ!」
「いい加減にっ……」
「この間の仲直りセックスの時は、今夜は佐藤くんがほしい……なんて恥じらってくれたし」
「ひゃー!」
「……」
「あ、木瀬さん、先日はありがとうございました」
「え、俺なんかしたっけ?」
「………」
「理人さんのはぴばプレゼント。あれ最高でした」
「げ、嘘だろ。マジで使ったの?」
「…………」
「もう最高でしたよ。グッチョグチョになるくらい感じ過ぎちゃって出しちゃいたいのに自分じゃ取り出せないから、佐藤くんやってぇ……っていうのがもうたまらなくかわいぐえっ!」
俺は佐藤くんの顔を左手で力一杯鷲掴みにした。
グググググ……と指先にありったけの力を込める。
え?
整った顔が台無しになるって?
黙れ。
そんなことはこの際どうだっていいんだ。
「それ以上なにか言ったらぶん殴る……!」
「ま、理人さん!いだいいだい!」
「俺が酔えないからって調子に乗るなよ、この酔っ払い!」
なにがすっごく乱れるだ。
なにがグッチョグチョだ。
なにが『佐藤くんやってぇ……』だ。
本気で黙れ。
そしていい加減にしろ、過去の俺……!
「プハッ……ハッハハハハハハハ!」
高らかに響き渡った航生の笑い声が、店中の客の視線を俺たちに集めた。
そんなこと気にもせずに、航生が涙まで浮かべながら笑っている。
「なんなの、お前ら。サイコーなんだけど!」
佐藤くんがポリポリと頭を掻いた。
俺はただ熱くなる頬に気づかないフリをしながら、今すぐ帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい、と心の中で唱えてい――
「木瀬課長」
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