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閑話:午後8時のロールプレイ (2)

ことの発端は、俺が〝閉め忘れた〟ことだ。 「あれ、理人さん。今日はスーツじゃないんですね」 カウンターの向こうで、佐藤くんが不思議そうに首を傾げた。 ふたつの丸い瞳に、ダークブルーの作業着に身を包んだ俺と、黒いスーツ姿の航生が映っている。 今日は火曜日だ。 いつもは会議からの流れで誰かしらと外に食べに行くことが多いけど、今日はやたらと長引いて外に食べに出るのが面倒になり、コンビニにやってきた――なんていうのは所謂口実で、本当は佐藤くんの顔が見たかったから……とは絶対に言わないけど。 「これから現場ですか?」 「あー……いや、そうじゃなくて、ちょっと」 「ちょっと?」 「プハッ!」 「……」 「悪い悪い」 大袈裟に噴き出した航生を睨むと、ちっとも悪いと思っていない様子で口元を緩めたまま、俺の頭を撫でてきた。 「なにかあったんですか?」 「別に、なにもない」 なにか言いたげな視線に気づかないふりをして千円札を差し出すと、佐藤くんはそのなにか言いたげな視線をじっと俺に据え付けたまま、野口英世を機械に吸い込ませた。 勢いよく吐き出された小銭を受け取ろうと手を出して、でも長いなにかに乱暴に阻止される。 掴まれた手首はすぐに解放されたけど、航生の手はそのまま流れるように動いて、ある場所にたどり着いた。 「こ、航生!」 当然のごとく俺の抗議は一切間に合わず、航生は一気にチャックを開けた。 ジッと硬い音を立てながら、一度も引っかかることなく下まで通り抜ける。 佐藤くんの視線が、ある一点に釘付けになった。 俺のワイシャツの胸ポケットに。 「うっわ……どうしたんですかそれ」 「ど、どうもしてない」 「いやでも、真っ青じゃないですか。ブルーハワイでもこぼしたんですか」 「アッハ!なにそれ!」 航生が、さも可笑しそうに笑う。 俺は、心配そうに覗き込んでくる佐藤くんの目から顔を背けた。 だから、そんな風に心配するようなことじゃなくて……あー、こんなことなら、やっぱり外に食べに出ればよかった。 「……閉め忘れた」 「え?」 「蛍光ペンんのふた、閉めるの忘れた」

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